2013年05月01日

飯田「羽場の昔を学ぶ会」歴史紹介の冊子発行・受け取りに♪(その1)

 飯田市羽場公民館で活動する「羽場の昔を学ぶ会」は、羽場地域に残る記念碑などを紹介する冊子「羽場の石造文化財」(A4判、64ページ)を発行した。
 冊子は3月29日から31日まで、羽場公民館で希望者に配布するという。
発行部数、1000部とある・・もし配布終了になってしまうと(涙)・・よし!土曜日(30日)に、朝確認して、まだ残っていれば受け取りに行くことにしよう・・。
3月30日(土)晴れ、最高気温19.8度
 おはようございます!・・羽場公民館へ電話・・日直の方が出られて「はい、今ここで配布しております、まだ有ると思いますが・・念のため担当者に伝えておきます、配布は5時までです・・」ありがとうございます!・・よし行こう!。
 10:50桜満開の名古屋を出発・・東山動植物園の桜も満開、沢山のお客さんと東山スカイタワーをちらりと見ながら東名高速道路名古屋IC(インターチエンジ)へ・・。
 東名高速道路小牧Jct(ジャンクション)から中央自動車道へ・・。
o3N0023.jpg桃花台oN0026.jpg 中央自動車道へ入って直ぐに、道は桃花台ニュータウンの城山、光ヶ丘の中を通る・・わあ、満開の桜並木♪~これは幸先の良い、お花見ドライブ・・ありがとうございます。
 長い恵那山トンネル・・抜けたところ直ぐが園原IC・・清内路へ行くときは園原ICで下りるが、おっと、きょうは飯田へ向けて直進・・。
oN0048.jpgoN2933.jpg 恵那山トンネルを抜けて、伊那谷へ入る。
伊那谷で最初の阿智PA(パークエリア)で小休止・・南アルプス、塩見岳などが遠望される、伊那谷に入った実感が湧き、わくわくする・・。

 飯田ICで下りて、三州街道へ・・松川を渡り松川橋交差点を左折・・ぐるりと曲がった坂を上り・・。
13:10羽場公民館へ到着・・天気も良く暖かい日に、この日の飯田の最高気温は20.2度まで上がる。
 広い駐車場は、ほぼ満車・・受付へ、こんにちは「・・そちらの児童室で配布していますので、どうぞ上がってください・・」奥の大会議室では、スポーツクラブの皆さんの元気な声が・・地域に根差して活気にあふれる公民館・・。
oN0072.jpgoN0058.jpgoN0071.jpg それでは、冊子『羽場の石造り文化財』配布中の児童室へ・・。

はたして、無事に冊子は受け取れたのでしょうか・・。
続きは『飯田「羽場の昔を学ぶ会」歴史紹介の冊子発行・受け取りに♪(その2)』で・・。。
 ありがとうございます。
posted by damp at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山々 | 更新情報をチェックする

2013年01月23日

2013吹き初め(その1)・R301で巴山白髭神社へ

 明けて2日晴れ一時曇りの名古屋、毎年吹き初めはアウトドアで・・。
昨年と同じく巴山白髭神社(岡崎市千万町町)へ、神社には富士山が見えるポイントがある。
ただし巴山から富士山までは約130kmも離れている・・見える日はお天気まかせで少ないが・・。
 伊勢湾岸自動車道から東海環状自動車道へ、北の空から雲が広がって来る。
豊田松平インターチェンジからR301へ・・九久平(くぎゅうだいら)からR301は山へはいる・・センターラインのある2車線の快適なワインディングロード・・。
nN9225.jpgnN9077.jpg この季節には薪ストーブがホカホカ暖かく燃える、R301沿いの『みしま』もお正月休み(写真は昨年冬)・・。

 みしまを過ぎてしばらくするとR301は、センターラインも無い狭隘道路になる・・狭い区間は昨年舗装工事があり、狭いながらも走りやすい道路になっている。
 狭くなっているR301沿いには、『ミニ美術館ひろ』がある。
ここは画家井上裕之(かみかぜ いのうえ)さんのアトリエとギャラリー。
 画伯とは暫くお会いしていないが・・屋外の造形作品や手作りの看板が、前を通る度に徐々に増えているのが分かる、御健勝にてなによりかと・・おお、看板には『絵画教室の生徒さんが東京芸大に合格 静岡文芸大、名芸大、名学芸大にも合格』とある・・。
nN9234.jpgl29N2568.jpgnN9240.jpgnN2569.jpg
 巴山に到着・・積雪は無いが、風も有り寒く冷たい・・あ~っ防寒着を忘れた・・。
ちょうど参道を下りてくる一行にお会いする、おめでとうございます・・「富士山は見えなかったです・・」「上はもの凄く寒かったですよ、その格好では・・沢山着て行った方が・・」ありがとうございます。
 参道を上る・・清々しい・・というより防寒着なしでは、ちょっと寒々する。
木々の間から、一瞬太陽が覗いたかと思ったが・・すぐに雲の中に隠れる・・。
n2N9253.jpgnN9260.jpgnN9269.jpg 雪こそないが、そこらじゅう5cm位もある霜柱がにょきにょきと赤土を押し分けて・・。

 巴山白髭神社に到着・・神社にも大きな霜柱が・・おおさぶ~。
雲が広がり、富士山はもちろん南アルプスも見えない・・。
 楽器を取り出して吹き初め・・しかし寒くて音にならない・・お手上げ(笑)・・。
nN9274.jpgn5N9302.jpgl49SCN3524.jpg 防寒着さえ着ていれば、雪が降ろうがへいちゃらなのですが(写真は2010.1.2撮影『巴山白髭神社・新年雪景色』)・・近場とは言え、ここは700mを超える山、反省。

「やっほー」♪~素敵な富士山を・・ありがとうございます。
 神社には、赤い郵便受けがある。
手紙は届かないが・・参拝された方々が色々記帳される『参拝記帳』が入っている。
 冬場は富士山に関する書き込みも多い、元日には『くっきり見えた・・』とある・・12月にも綺麗に見えた日が二日程あったようである。
 中には微笑ましい絵日記もある・・『今日は・・富士山・・!!真白でキレイでした・・「やっほー」』♪~。
nN9314.jpg ♪あたまを雲の上に出し 四方の山を見おろして かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 ~ ふじの山(明治43年『尋常小学読本唱歌』)
「やっほー」初富士は絵日記で見せて頂きました、ありがとうございます。

 寒いので吹き初めは早々に切り上げ、山を下る・・。
2013吹き初め(その2)に続きます、ありがとうございます。
posted by damp at 01:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 山々 | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

春遠からじ・茅葺の葺き替え(2)・再開

 2月から「千万町茅葺屋敷」(岡崎市千万町(ぜまんぢょう)町)で約30年ぶりという茅葺屋根の葺き替が始まっている。
 茅葺屋敷には母屋、米蔵、離れ(売店)の3棟の茅葺屋根があるが、今回は離れ(売店)の葺き替え。
 写真は昨年12月初めに撮影したもの。
m9N7286.jpgm9N7290.jpg 手前が売店の老朽化した茅葺き、棟にある木組みは家峠(かとうげ)と呼ばれる雨仕舞い、この季節の軒先には吊るし柿、奥が母屋。
 前回2月19日に訪れた時は地元の葺き師さんが体調を崩してお休みで作業は中断していた、その後、代わりの葺き師さんは見付かったのであろうか・・。
3月5日(土)快晴
 ぬけるような青空の下、千万町へ出掛ける。
まず巴山白髭神社に参拝、きょうは富士山が見えるかもしれない、出掛けにチエックした神奈川県の方のブログでは神奈川方面も快晴で富士山が綺麗に見えていた。
 神社の前にある駐車場に到着、ちょうど神社から下りてこられたグループと遭遇・・
nN4325.jpgm9N7980.jpg こんにちは!「綺麗に富士山が見えましたよ」「肉眼でも良く見えました」「岡崎から来ました、良く見えました」
あっ、ありがとうございます。
 上天気、木漏れ日がくっきりと影を落とす参道。
霜柱の立つ参道を一気に神社まで上る。
 あっ見えた!遥か約130km彼方の富士山・・。
m39N7946.jpgm9N7914.jpg♪頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして
 かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 ~
  ふじの山(明治43年「尋常小学読本唱歌」)

 富士山っていいな、見ていると心を温かくしてくれる、南アルプスの山々も綺麗に。

 久しぶりの富士山に満たされて参道を下り茅葺屋敷へ。
茅葺屋敷では葺き替えが再開している、ほっとしました、葺き師さん見付かったんですね。
 管理人さんから「ありがたいことに、葺き替えのボランティアをしながら全国を回っている方の手蔓で、葺き師さんが2人高山から駆け付けてくれました・・一週間作業が中断しましたがこの調子で行けば3月13日(日)には完成式が行えそうです。
 カヤは1500束程集めました、石筒ヶ根へ行く途中のカヤは斜面に生えているので茎が曲がっていて使えないのが多かったです、主に301号沿いで集めました」
 田圃に集められたカヤは束ね直され屋根へ運ばれる、屋根では穂先を上にして積んで行く。
積まれたカヤは葺き師さんが長い道具を使って手際よく葺いてゆく。
 作業は順調に進んでいる、カヤを葺き終わったら刈り込み、切り揃えて棟に家峠を据えると完成である。
m9N8004.jpgm9N8026.jpgn1N4355.jpgm9N8030.jpg
 管理人さんから「その角材は組合わせて家峠になります、大きな母屋には9本付いています、売店には3本付けます、屋根に据え付けると大きさもわからなくなりますので今のうちに写真でも・・」
m9CN8024.jpgm9N8048.jpg それではパチリ、屋根に乗っていると小さく見えるが大きいのである、写真の楽器ケースは長さ約83cm、楽器ケースの倍ほどの長さがある。
 家峠といえば、この辺りには昭和の半ばごろまで茅葺き屋根の家が14軒あったという。
 しかし伊勢湾台風(1959)で家峠が飛ばされてからトタン葺きに替わって行ったという。
 今ではこの辺りの茅葺き屋根は茅葺屋敷だけになった。
茅葺き屋根、日本の懐かしい農山村の原風景・・ずっと残しておいてほしい和みの原風景である。
m9N8039.jpg♪春は名のみの風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず ~ 
   早春賦(大正2年「新作唱歌(3)」)
 
冬来たりなば春遠からじ・・ありがとうございます。

 春遠からじ・茅葺きの葺き替え(3)・完成!に続きます。
  ありがとうございます。
posted by damp at 03:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 山々 | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

立春の清内路(3)共同の炭窯

 姿見不動滝の結氷を見てから阿智村清内路支所(旧清内路村役場)へ、清内路のさくさんとお会いして、四方山話や質問タイムなど・・。
 黒船桜の向こうに「共同窯」開設の記念碑が建っていましたが、共同窯とは陶芸、焼き物の窯ですか、他にも有るのですか。
nN3539.jpg「共同窯は炭焼きの窯です、あそこの1個所だけです。
 共同窯は昔の炭焼を偲んで村の中に作られました、炭焼は趣味の段階を出たところで其々が自家用の炭を焼いています。
 出来る炭は・・備長炭には負けますがパキンパキンに硬くて良い炭ができています。
 清内路には「出づくり」という風習がありました。村の中に本宅を持ち、山に別宅「山の家」(出づくりの家)を持っています。
 「山の家」で春祭りが終わった頃から生活して農作業や養蚕等を行い、秋祭りの花火の頃には本宅に戻って冬を過ごしていたと言います。
楢を植林した炭山があり炭窯もありました。
 昔はタバコ葉を作っていた時代もあって、江戸や京都、奈良あたりまで売りに行っていたそうです、タバコ葉は花魁タバコとして特に女性に好かれていたと言われています。
 現在、「山の家」は空き家となり農地も使われていない所が増えています、近年はIターンなどで「山の家」に移住される方もいます。
 「山の家」が有るところは「出作りの里」と呼ばれています、一番清水の反対側の山にも出作りの里があります、一番清水の駐車場から見えます。」いろいろ興味深いお話をありがとうございます。
ぐるりとひと回りして帰ります・・立春の清内路(2)雪の坂道からの続きに・・。
 雪の坂道を下りたところには黒川の清んだ流れ、水嵩の少なくなった黒川には川藻が多く生え黒く見える。
nN4061.jpgm9N7768.jpg「歌碑」と「共同窯開設15周年記念碑」が並んで建っている。
 記念碑が建てられたのが平成15年5月吉日とあるので、共同窯は20年以上前平成元年頃に開設されている。
 炭窯の前には軽トラが止まっている・・こんにちは、小屋の中一杯に大きい立派な炭窯・・「窯の補修中です、家で使う炭を焼きます、趣味みたいなものです、ここは昔家が有ったところで平らなので窯が作られました・・「歌碑」は窯を造った人のです、周りに桃の木も植えています・・」ありがとうございます。
nN4076.jpgm9N7773.jpgnvN4075.jpgnN4072.jpg
 掲示してある炭窯使用規定には「多くの方に使用して頂くため、1人年2回までとする」とあった。
n1N4069.jpg「歌碑」には暖かい人柄を感じさせる素敵な歌・・。
 「立ち昇る
   窯の煙を眺めつつ 
    昔を偲び
     思い果てなし 」桃源詠 定風書


m19N7788.jpg 帰り道、一番清水の駐車場に寄る、暮色の迫る山間に「出作りの里」が遠望できる。
点在しているのが「山の家」であろうか・・
炭焼や、温かい夕餉の煙が立ち昇って来そうな日本の原風景。
 山里の暖かい人柄に触れ元気をいただいた日、ありがとうございます。

 帰途につく、中央自動車道の神坂PAで小休止、快晴の夕空に浮かぶ恵那山(2,191m)、雪の恵那山は一回り大きく見えた。
夕日が山の稜線を幻想的に染めながら沈む、赤い夕日は灼熱の炭窯にも見えた。
n29N4106.jpgn2N4109.jpg♪春は名のみの風の寒さや
 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 
  時にあらずと 声も立てず ~ 
     早春賦(大正2年「新作唱歌(3)」)

 冬来たりなば春遠からじ、ありがとうございます。
posted by damp at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 山々 | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

梅雨の晴れ間・大平街道(2)・大平宿

 人っ子一人いない街道を走り大平宿へ、ここでやっと人に出会う、大平宿を管理する方であろうか車で飯田方面へ下って行かれた。

 17:20「いろりの里」大平宿
 ここには昭和45年まで「大平宿」と呼ばれた集落があった。
大平の集落は享保年間(1716~36)に漆畑方面から木地師が移住したことに始まったという。
nN2205.jpgnN2209.jpg その後木曽谷と伊那谷を結ぶ主要交通路大平街道の宿場、物資運搬の中継地などとして栄えるが、交通機関の発達、飯田線の全線開通昭和12年(1937)などにより宿場としての存続は困難な状況になってきたという。
 昭和45年(1970)には住民の方々の総意で集団移住を決定し、同年全戸が集団移住され、大平の集落の200年以上にわたる歴史は閉じられた。
nN2207.jpgnN2208.jpg 現在はNPO「大平宿をのこす会」の皆さんらにより町並みは保存され、生活原体験の場「いろりの里」大平宿として、大平宿の自然と文化は守られている。
 またゆっくり訪れてみたい「いろりの里」大平宿である。
大平宿から飯田の間は昔よく通ったことのある道・・飯田峠はあっけなく通過して下る。

 17:55「市ノ瀬橋」冬季通行止めになるのは幸助から市ノ瀬橋間約20km、道路は良く整備されており安全に走れる、しかし標高1000mを越える峠道、気を抜いてはいけない、大雨の後などは特に・・ここで落石注意、市ノ瀬橋の手前で落石がコンクリ―トの擁壁に激突して止まっているのを見た、白く削られたコンクリートが落石の威力を語っている。
nN2219.jpgnN2220.jpgm9N6206.jpgnN2224.jpg
山道を下りほっとしたところで水分補給のため「猿倉の泉」へちょっと寄り道。

 18:10猿倉の泉(「名水100選」環境省昭和60年選定)
 江戸時代に茶に適した水を求め諸国を遍歴した宗偏流不蔵庵龍渓宗匠が探し当てたと語り継がれている名水、飯田市のシンボル的な山、風越山(かざこしやま)の山麓に湧いている、泉は地元の方々により永く大切に守られている。
nN2234.jpgnN2233.jpgnN2237.jpg その昔飯田で暮らしたころ泉へは度々訪れている、当時は深山幽谷の雰囲気で静かな場所だった記憶があるが・・泉の周辺は見違えるように整備されて変わっていた・・泉からは今も変わらぬ円やかで美味しい水が滾滾と湧き出ていた。
 ちなみに風越山(かざこしやま)にも良く登った、地元では風越山は「かざこしやま」とは言わず「ふうえつざん」と呼んでいた、年配の方の中には権現山、あるいは前にあるピークの虚空蔵山を含め虚空蔵さんと呼ぶ方もいたが、「かざこし」はほとんど耳にしたことは無かった。
 「ふうえつ」と呼ぶようになったのは、昭和24年風越山の麓に長野県飯田風越高校(発足当初は女子校)が創立された時に、「風越」の呼び方をごつい「かざこし」ではなく、爽やかで明るい「ふうえつ」としたことに由来するらしい。
 猿倉の泉を過ぎると大平街道は飯田の市街地へ、人や車がどっと増える・・街道の旅を終わる。
 早飛脚の如く駆け抜けた大平街道であったが、街道には懐かしい思い出と、新しい出会いが溢れていた、ありがとうございます。

 市街地を「交通信号が随分増えたもんだ」「この坂は羽場坂だっけ」などつぶやきながら・・カーナビ頼りに中央自動車道「飯田IC」へ・・。
 18:50中央自動車道「阿智PA」
伊那谷の最後のパークエリア、ここを過ぎると恵那山トンネルを抜け木曽谷に。
 19:15恵那山トンネルを抜けると、お馴染みのパークエリア、暮れなずむ「神坂PA」・・。
 行く手の雲の切れ間には真赤な夕焼け、振り返えればきょうの山々は雲の中・・。
nN2249.jpgnN2250.jpg

大平の峠に立てば天遠く穂高のすそに雲しづまりぬ   大平峠(昭和15年「暁紅」)

  ありがとうございます。
タグ:歌碑・石碑
posted by damp at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 山々 | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

遥かなる富士山・三河・巴山(その2)・見えた!

 岡崎市千万町町の巴山白髭神社から雪をいただいた富士山がはっきり見えたという・・
mN9722.jpgm9N3201.jpg 富士山は巴山から東北東の方向に直線距離で約130kmの彼方にある。
 巴山白髭神社から遥か彼方の富士山と出会ってみたいものである。
 2009年12月29日昼間に訪れた時富士山は雲に隠れて見えず、再度訪れ夕暮れ迫る巴山白髭神社の参道を息を弾ませて登るとそこには・・

「あ~っ富士山!」紛れもなく夕霞の向こうには頭を雲の上に出した富士山・・
 昼間の雲も消えてゆき富士山は予想より大きく高く聳えていた・・
♪あたまを雲の上に出し~思わず笑みがこぼれる、富士山っていいな見ていると心を温かくしてくれる♪ふじは日本一の山~
 夕霞の中の富士山は様々に色を変えながら暮色に包まれていった。
m9N3398.jpgm9N3388.jpgm9N3473.jpgm9N3462.jpg

m9N3464.jpg ♪頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろしてかみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 ~青ぞら高くそびえたち からだに雪のきものきて かすみのすそをとおくひく ふじは日本一の山~ふじの山(明治43年「尋常小学読本唱歌」)
  ありがとうございます。


posted by damp at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 山々 | 更新情報をチェックする
人気記事