2017年01月26日

 あれっ2階?1階? ・ 内田修ジャズコレクション展示室(番外編)

『岡崎市図書館交流プラザ りぶら(Libra)』の2階には、『内田修ジャズコレクション展示室』が設けられている。
 追悼記帳を終え、展示室でコレクションゆかりの楽器ドクターズ・スタジオを見せて頂いてから受付へ戻る・・。
素晴らしい『内田修ジャズコレクション展示室』また機会をみて、お邪魔したいと思います・・ありがとうございます♪~。
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 展示室を辞して・・ふと、同じフロアの東側の出入り口を見ると・・おや、外は地上、車が走っている・・。
 あれっ、1階?・・ここは確か・・2階のはずだったが(汗)・・。
『りぶら』は図書館を核とした生涯学習複合施設・・中央図書館、市民活動総合支援センター、ホール、スタジオなどが入っている、3階建ての大きくて広い建物・・。
 りぶらは初めて・・きょろきょろしながら(汗)同じフロアにある、りぶらの『総合案内』へ・・。
03mN9009.jpg 総合案内の係りの方に、こんにちは・・あのう・・ここは何階ですか(汗)「・・ここは2階になります・・この建物は、西側の伊賀川へ下りる傾斜地に建っています・・西側の出入り口が1階になります・・こちら東側は高くなっていますので、2階が地上への出入り口になります・・」なるほど・・ありがとうございます。

 それでは・・よせばいいのに、りぶらの階のプチ探検?に(笑)・・1階へ下り、西側の出入り口から外へ出てみる・・。
西側は、伊賀川に面した広場になっている・・こちらから見ると、りぶらは3階建て・・。
 ジョギングや、通り抜けする人たちについて、横の通路で東側へ・・。
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 横の通路の行く手には階段が・・。
階段を上ると・・そこは、りぶらの東側の地上・・こちら側は2階建てに見える・・。
 傍らには自販機・・おお!自販機にも『JAZZの街岡崎』のロゴマーク♪~。
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 東側の地上の出入り口から入ると・・そこは、展示室や総合案内のあるフロア・・。
わかった!西側が1階なら、展示室のあるフロアは2階となる・・なるほど、地上にあっても(笑)・・。
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 展示室の前で、プチ探検(笑)も終わる・・では、帰るとしよう・・。
1階へ下りて・・地下駐車場へ下りる階段を探すが、見当たらない(汗)・・。
10mN9031.jpg 階段を探してきょろきょろしていると・・ラッキー♪~ちょうど、展示室の受付の方が通りかかる・・。
 あのう(汗)地下への階段はどこに・・「えっ・・ああ、駐車場なら、このフロアです・・」あっ、ありがとうございます(笑)・・「また展示室に遊びに来てください・・では、お気をつけて・・」ありがとうございます♪~。 

 どうやら、屋内駐車場を地下と、うっかり勘違いしていたようだ(汗) ・・。
無事(笑)車へ戻る・・運転には、うっかり勘違いがあってはならない、より慎重な運転を期し、帰途に就く・・。
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  楽しい、りぶらの『内田修ジャズコレクション展示室』・・また機会をみて、お邪魔したいと思います・・ありがとうございます♪~。


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2017年01月05日

ドクター・ジャズゆかりの楽器たち ・ 内田修ジャズコレクション展示室(その2)

 岡崎市が『 ジャズの街岡崎 』といわれているルーツは、内田修ジャズコレクションという。
『岡崎市図書館交流プラザ りぶら(Libra)』の2階には、『内田修ジャズコレクション展示室』が設けられ、コレクションや、ゆかりのミュージシャンの楽器など、貴重な資料が常設展示されている。
 追悼記帳を終えてから、展示室を見せて頂いている・・。
音楽大好き、取り分けジャズ大好き、楽器大好きの小生にとって、いつまでも見ていたくなる『 テーマ 』、コレクションがずらりと♪~。
 では、内田先生ゆかりのミュージシャンの方々の楽器が展示されているブースへ♪~。
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『 多くのベーシストに愛された名器 原田政長ゆかりのコントラバス 』
 コントラバス(ベース)は19世紀のドイツ製・・。
1970年前半、当時渡辺貞夫カルテットの、ベーシスト原田政長さんが、入手を希望していた楽器・・原田さんからの依頼で、内田先生が入手されたもの。
 原田さん亡きあと、渡辺貞夫さんの希望によりドクターズ・スタジオで保管することとなったという。
03mN8924.jpg 前衛派ベーシスト、ゲーリー・ピーコックさんは単身で来日、京都に滞在・・いったんは引退を決意したものの、このベースを手にして音楽への情熱を再燃させたという・・まさに名器・・。
 そして、不滅の名盤といわれる『銀界』(山本邦山(尺八)、菊池雅章(ピアノ)、ゲーリー・ピーコック(ベース)、村上寛(ドラム))をレコーディングしている。
 その後、サム・ジョーンズさんの目にとまり、来日の度毎に使用されるなど、国内外の多くのベーシストに愛用されたという・・。
 間近で見ていると、何か語りかけてくるような気がする・・まさに名器・・感銘を受けたベース・・ありがとうございます♪~。
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『 ジャズを革新した天才ドラマー 富樫雅彦のドラムセット 』
 あっ・・バスドラが横向きに・・すごい!足を使わずに、両手だけで演奏できるドラムセット♪~。
富樫雅彦(1940~2007)さんは、14歳でドラマーとしてプロデビュー・・天才ドラマーとして脚光を浴びる・・。
 20歳のころ心身ともにやつれてしまった富樫さんを『幻の銀巴里セッション』の後、内田先生は直ぐに、ご自分の病院に連れて帰り療養させたという・・回復していった富樫さんが叩くドラムの音は、上の階の手術室や離れた病室まで聞こえてきたという。
 その後、日本ジャズ界の最先端で活躍される・・。
1970年、事故により下半身不随となるが、約1年の療養後、両手だけで演奏できるドラムセットを考案し、活動を再開される・・。
 車椅子に座り、上半身のみを使う独自の演奏スタイルで、『ジャズ賞』を最多受賞するなど、大活躍されている・・。
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 ドラマーになったつもりで、車椅子の後ろから見てみる・・。
わあ、凄い!セッティング・・小径のスネア、同じく小径のフロアタムがずらりと・・でっかいカウベル・・右側には手で演奏できるよう横に倒したバスドラ・・スティックはチップのない、オリジナル仕様のモデルという。
 強い感銘を受けた、両手だけで演奏するドラムセット・・ありがとうございます・・。
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『 日本が生んだ伝説のサックス奏者 宮沢明のテナー・サクソフォーン 』
 宮沢明(1927~2000)さんは、第2次世界大戦後の日本モダンジャズシーンで、常に先駆者として活躍された・・多くの若手ジャズミュージシャンに影響を与え、ファンからも愛されている伝説のテナー奏者・・。
 わあ!愛用されていたテナー・サクソフォーン(サックス)が展示されている♪~。
このサックスは、宮沢さんのご遺族から保存されることを願って内田先生に託されたものという・・フランス・セルマーのMK6(マーク シックス)・・。
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 音楽大好き、楽器大好き、取り分けサックス大好きの小生にとって、感動の宮沢さんのMK6である♪~。
 セルマー純正の楽器ケースも展示・・ケースの中に立てかけてあるのは、宮沢さんの自筆の楽譜『 ドクター“U” 感謝をこめて 内田先生へ 』・・ヤマハジャズクラブ第98回例会でレコード『マイ ピッコロ』のライブレコーディングが行われたとき、演奏、収録されたもの・・これまた感動の自筆の楽譜♪~。
 深い感動を覚えた、宮沢明さんのブース・・ありがとうございます♪~。
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 展示室のラウンジ・・ここでは、毎日11時と19時からレコードコンサートも開催されているという。
ラウンジには、受付の所とは別に、直接の出入り口もある・・くつろげるラウンジ・・。
 おや、ご機嫌なアルトサックス♪~アートペッパーの♪ユード・ビー・ソー・ナイス・カム・ホーム・ツゥ~が聞こえてくる~何処からだろう~。
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 ラウンジの奥には、内田先生の伝説のスタジオを再現した『ドクターズ・スタジオ』があるという・・。
♪~クリアなアートペッパーはスタジオから聞こえてくる・・スタジオでは、レコードコンサート『リクエストジャズ』を開催中という・・では伝説のスタジオに行ってみよう♪~。

 続きは、次の次『 ドクターズ・スタジオ ・ 内田修ジャズコレクション展示室(その3) 』で・・。
  ありがとうございます。  


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2017年01月01日

内田修ジャズコレクション展示室(その1) ・ 岡崎市図書館交流プラザ りぶら 2階

 内田先生の故郷、岡崎市には、ミュージシャンとの交流を物語る録音テープや、貴重な機材、膨大な数のレコード、CDなどが『内田修ジャズコレクション』として残されている。
 岡崎市が『 ジャズの街岡崎 』といわれているルーツは、このコレクションという。
『岡崎市図書館交流プラザ りぶら(Libra)』の2階には、『内田修ジャズコレクション展示室』が設けられ、コレクションや、ゆかりのミュージシャンの楽器など、貴重な資料が常設展示されている。
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 追悼記帳を終え、受付で撮影許可を受けてから・・さあ、展示室を見せて頂くことに・・。
展示は、それぞれ『テーマ』毎のブースに分かれており解りやすい♪~。
 音楽大好き、取り分けジャズ大好き、楽器大好きの小生にとって、いつまでも見ていたくなるテーマ、コレクションがずらりと♪~。
 それでは、見せて頂いたテーマをピックアップして・・。
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『 レコードコレクションのはじまり 』
 内田先生の記念すべきコレクション第1号は、1950年(昭和25年)に購入された、アルバム『ジャズの歴史』(SP盤12枚組日本コロンビア)・・デキシーランド、スイング、モダンなどジャズが、バランスよくまとめられたアルバム・・。
 先生は、このアルバムを、およそ1年間、手回しの蓄音機で、盤がすり切れるほど聴かれ、ジャズの全体像を理解されたという。
 なるほど!展示室の前にあった大きなレコード盤のデザインは、このコレクション第1号のレコードを拡大したものであった♪~。
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 『 ライブ録音を手がける 幻の銀巴里セッション 』
 東京銀座のシャンソン喫茶『銀巴里』では、『新世紀音楽研究所』のメンバーの方々が、定期的に集まり、深夜に研究発表のセッションを行っていたという・・。
 なかでも、1963年6月26日のセッションはメンバーの歓送迎会として、特別なものであったという・・日本のジャズ史に残る『銀巴里セッション』である・・。
 内田先生は、この特別なセッションを収録するため、重さ約18kgのテープレコーダ(ソニー TC-777)を、夜行列車で岡崎から東京に運ばれた・・。
収録されたテープは、日本のジャズ史を語る貴重なテープとなっている・・。
 展示されているのは、 TC-777テープレコーダー、『銀巴里セッション』のレコードと、そのもととなった貴重なマスターテープ・・。
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『 コンサートプロデューサーとして 』
 『ヤマハジャズクラブ』 『合歓ジャズ イン』 『長良川ジャズフェスティバル』などのコンサートをプロデュースされている。
 展示パネルは第100回ヤマハジャズクラブ記念コンサートのステージ・・わっ、すごい!錚錚たるサックス陣・・素晴らしいコンサート、貴重な音源♪~。
 下にある丸いのは、ヤマハジャズクラブ20周年記念コンサートで、先生に贈られたドラムヘッド・・出演ミュージシャンの寄書きのあるドラムヘッド・・わあ、これもすごい出演ミュージシャン♪~。
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(注:ブースは透明ケースになっており、写真にケースの反射等が写り込みます。極力避けるようにしていますが、うまく避けきれない場合がありますので、よろしくお願いいたします)

『 新人ジャズミュージシャンを発掘する”耳”と”目“ 』
 同県半田市出身の歌手ケイコ・リーさんら才能を認めたミュージシャンには、無名時代からレコード会社を紹介するなど支援を惜しまなかった。 (中日新聞 2016年(平成28年)12月13日朝刊第2社会面から引用
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『 ジャズコレクション試聴 』
 試聴ブース・・ずらりと並ぶ試聴器・・ジャケットが入った窓は、くるりと反転できて、表、裏、両面を見ることができる♪~。
 レコードやCDのほか、貴重なプライベートテープを試聴できる・・試聴音源は定期的に入替るという・・。
 いつの日か貴重な音源を、ゆっくりと試聴したいものである。
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 音楽大好き、楽器大好きの小生にとって、いつまでも見ていたくなるコレクション♪~。

では次に、内田先生ゆかりのミュージシャンの方々の、楽器が展示されているブースへ♪~。
次回『 ドクター・ジャズゆかりの楽器たち ・ 内田修ジャズコレクション展示室(その2) 』へ続きます。
  
  ありがとうございます。

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2016年12月27日

 『 ドクター・ジャズ 』 ご逝去

  心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
『 (中日新聞 2016年(平成28年)12月13日朝刊第2社会面から引用
 訃報内田修さん死去 戦後ジャズ 立役者
 外科医の傍ら日本のジャズ文化の発展に尽くし、「ドクター・ジャズ」の愛称で知られる内田修(うちだ・おさむ)さんが十一日、肺炎のため死去した。

 名古屋大の医学生だったころ、名古屋・広小路通のレコード店で進駐軍兵士が熱狂する姿を見てジャズに魅了された。自ら演奏することはなかったが、一九六一(昭和三十六)年、岡崎市で外科病院を開業し、ジャズ奏者の支援や演奏会の開催に尽力した。
 六四年に名古屋市の音楽ホールを拠点に「ヤマハジャズクラブ」を結成、三十三年間で百五十回のコンサートを開いた。六〇年代にはソニーの大型テープレコーダーを担いで東京に通い、ミュージシャンの即興演奏を録音。ジャズ・レコードの名盤「銀巴里セッション」を生み出した。

 ジャズ界を代表する渡辺貞夫さんや日野皓正さん、山下洋輔さんらとの交流は深く、岡崎市の病院地下に設けたスタジオにはミュージシャンが集った。同県半田市出身の歌手ケイコ・リーさんら才能を認めたミュージシャンには、無名時代からレコード会社を紹介するなど支援を惜しまなかった。
 』

 内田先生の故郷、岡崎市には、ミュージシャンとの交流を物語る録音テープや、貴重な機材、膨大な数のレコード、CDなどが『内田修ジャズコレクション』として残されている。
 岡崎市が『ジャズの街岡崎』といわれているルーツは、このコレクションという。
『岡崎市図書館交流プラザ りぶら(Libra) 』には、『内田修ジャズコレクション展示室』が設けられ、コレクションや、ゆかりのミュージシャンの楽器など、貴重な資料が常設展示されているという。
 りぶら、展示室には、まだ行ったことはないが・・配信登録をしてある『内田修ジャズコレクションメールマガジン』で、展示やイベントなどの最新情報を知ることができる。
 メルマガ第141号2016年12月15日)で頂いた『訃報』には「・・内田修ジャズコレクション展示室では12月20日(火)まで追悼記帳所を設けております。」とある・・よし、あした展示室へ行くことに・・。
12月16日(金)晴
 展示室のある、岡崎市図書館交流プラザ りぶら へ到着・・ここは初めて・・ぐるりと回って、屋内駐車場へ車を止め、きょろきょろしながら中に入る・・。
 わあ、広い吹き抜け・・天井には内田先生がニッコリ、コレクションの大きな吊り下げバナーが♪~・・エスカレーターで2階へ・・。
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 2階へ上がる・・“りぶら”は図書館を核とした生涯学習複合施設・・楽しい絵本、童話のキャラクターのデコレーションも・・。
 大きなレコード盤の円と、直線の組み合せが目を引く、素敵な内田修ジャズコレクション展示室♪~。
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 展示室の受付へ・・こんにちは、ここは初めてです・・内田先生の追悼記帳に・・
「・・追悼記帳所は、こちらになります・・」ありがとうございます・・。
 正面、プロフィールの前に追悼記帳所が設けられていた・・。
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『ドクターJazz-内田修物語』や、数数のメモリアルが置かれた追悼記帳所・・。
07mN8909.jpg 謹んで記帳・・ 
 心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

 ありがとうございます・・では、受付で撮影許可を受けて、内田修ジャズコレクションを見せて頂くことに・・。
 次回『 内田修ジャズコレクション展示室(その1) ・ 岡崎市図書館交流プラザ りぶら2階 』へ続きます・・ありがとうございます。


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2016年03月27日

『陸前高田のたからもの』名古屋市博物館で特別展

 東日本大震災から5年・・『奇跡の一本松』が復興のシンボルとして知られている岩手県陸前高田市の『陸前高田のたからもの』特別展が、名古屋市博物館で開催されているのを新聞で見て出掛けた。
 きょうは『名古屋ウィメンズマラソン2016』の日、博物館の前の瑞穂通(環状線)はマラソンコーになっていて、ランナー、応援の人達で大賑わい・・マラソンを応援しながら博物館へ・・。
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 通りの賑わいから、落ち着いた雰囲気の博物館へ・・入口には奇跡の一本松のポスターが・・。
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 1Fロビーに入ると『陸前高田のたからもの』特別展と、同時開催中の『東日本大震災からの復興と名古屋』展の大きなパネル・・右側には『はち丸』(名古屋市のマスコットキャラクター)、左側には陸前高田市のマスコットキャラクター『たかたのゆめちゃん』がお出迎え・・。
 この『たかたのゆめちゃん』は名古屋市立菊井中学校の生徒さん達が作ったという。
名古屋市は、『行政丸ごと支援』で復興事業への協力や、中学生同士の『絆協定』を結んでいるほか『なごや子ども市会』での交流も行うなど、陸前高田市との絆は深い・・。
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 たかたのゆめちゃんの横を通って、特別展示室へ・・。
おお!奇跡の一本松が入口の奥に見える・・おっと、入口を入ると会場は撮影禁止とのこと、カメラをバッグにしまって入場・・。
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 2時46分で止まった、大きな振り子時計が眼につく・・2011年(平成23年)3月11日14時46分東日本大震災発生により止まった時計である。
隣には、3時30分で止まった丸時計がある・・文字盤の中には砂が・・大震災発生40分後に襲った大津波により止まった時計である・・。
 会場の様子は、特別展に行く切っ掛けとなった新聞記事から引用させて頂いた。
中日新聞 市民版(2016年(平成28年)2月28日)。
『 被災文化財 苦難克服刻む 市博物館 陸前高田の特別展
東日本大震災5年
 陸前高田市は、博物館や関連施設が所蔵する文化財50万点以上が被災し、46万点が回収された。特別展は、津波で海水をかぶったり、がれきに埋もれたりした文化財を中心に、165点が並ぶ。
 足踏み式の「奇跡のオルガン」は、明治末から大正初期に作られた希少な国内製。内部に入り込んだ土砂を取り除いて1年かけて修復し、演奏するまでにこぎ着けた。
 市立気仙沼小学校が所蔵する「青い目の人形」は、昭和初期に米国から贈られた。米国製品が大量に破棄された第二次大戦中は地元の人が大切に守り、津波もくぐり抜けた。服に付着した砂は一粒一粒ピンセットで取り除いたが、口元の傷は「苦難克服の証し」として残してある。
 そのほか、がれきの中などから見つかった古代の刀や土器、地元特産の粘土でできた郷土玩具「高田人形」や漁具も展示。・・ 』


 『奇跡のオルガン』と『青い目の人形』に並んで・・おや?『アカショウビン』の剥製が展示されている・・アカショウビンは、くちばしも含め全身が赤い鳥、体長30cm弱のカワセミの仲間・・。
 入口総合案内にあったポスターの右下に、ちょうどオルガン、人形、アカショウビンが載っていたのでパチリ・・ガラスの中でちょっと見難いですが(汗)・・。
08l9N8529.jpg このアカショウビンは、震災以前に、下矢作小学校(現矢作小学校)の体育館の窓ガラスに衝突して死んだのを、博物館で剥製にして復活、展示していたもの・・博物館の人気者になり、「おらほ(私)たちのアカショウビン」として愛されているという・・。
 津波で大きな被害を受けたが、修復され復活した・・凄い2度目の復活である。

 海辺には、美しい松原『高田松原』があったが、津波によって奇跡の一本松だけを残して、無くなってしまったという。
 あっ!展示資料の中に、石川啄木の歌碑の拓本を発見・・高田松原にあったという歌碑自体は、やはり津波で流失してしまったという・・。
 ずんと重みを感じる拓本・・『一握の砂』からの一首・・じっと拓本を見る・・。
『 いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ  啄木  』

 陸前高田市博物館は、建物が大津波で2Fまでほぼ完全に水没し、大きな被害を受けたが、収蔵資料の大半は流失を免れたという。
 現在は、閉校した山奥の旧生出小学校に暫定的に移転し、資料の塩抜きなど『安定化処理』作業中という・・現地での展示は再開されていない。
 最後のパネルに書かれていた「文化財の残らない復興は本当の復興ではない」という越前高田市の学芸員の方の熱い思いが、ぐっと心に響いた。
 ふと想った一首・・
ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな (石川啄木「一握の砂」)』。
 東日本大震災から5年・・感慨深い特別展『陸前高田のたからもの』、ありがとうございます。

 帰途につく・・名古屋ウィメンズマラソンもゴールイン・・マラソンコースだった瑞穂通に、ひと時の静けさ・・てくてくと歩いて帰る・・。 
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自然の力の前で人間とはなんとちっぽけなものか、でもそれを自覚しているところに人間の強さはある』(パスカル
  ありがとうございます。

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2016年03月20日

陸前高田の特別展で名古屋市博物館へ・名古屋ウィメンズマラソンの日

 東日本大震災から5年・・『奇跡の一本松』が復興のシンボルとして知られている岩手県陸前高田市の特別展が、名古屋市博物館で開催されているのを、先月の新聞で見ており、出掛けた。
 中日新聞 市民版(2016年(平成28年)2月28日)から引用。
被災文化財 苦難克服刻む 市博物館 陸前高田の特別展
東日本大震災で大きな被害があった岩手県陸前高田市の市立博物館で被災、修復された文化財などを展示する特別展「陸前高田のたからもの」が27日、瑞穂区瑞穂通1の名古屋市博物館で始まった。・・

3月13日(日)曇
 きょうは、リオ五輪代表の最終選考会を兼ねた『名古屋ウィメンズマラソン2016』の日・・。
博物館は、マラソンコースの瑞穂通(環状線)に面している・・瑞穂通は交通規制で、博物館行きの市バスも止まっている(汗)・・。
 それではと・・ウィメンズのラジオ実況中継を、イヤホンで聴きながら・・てくてくと歩いて博物館に出掛ける・・。

 瑞穂通の桜山に到着・・わあ!どえりゃあ大勢!ウィメンズのランナーが続々と・・この辺りは地下鉄堀田で折り返してきて、スタートしてから12~3km程走った所・・。
ウィメンズには、市民ランナーを中心に19,607人が参加されたという。
 反対側を続々と走って行くのは、ウィメンズの10分後にスタートしている『名古屋シティマラソン』(男女ハーフマラソン、クオーターマラソン)のランナー・・。
また『名古屋ウィメンズホイールチェアマラソン』も開催され、シティと合わせて14,730名が参加されたという・・。
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 マラソンを応援しながら瑞穂通を南へ・・向こう側に博物館が見えて来る・・。
博物館の前には、ずらりと給水所・・何しろ大勢のランナー、ボランティアの方々がてきぱきと給水・・。
 公道での、超大きな大会・・3大会合わせて9,460人のボランティアの方々が、沿道での交通整理や給水などに携わられたという・・。
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 では博物館へ、でも横断歩道は渡れない(汗)・・ちょっと先にある、横断歩道橋へ回る・・。
歩道橋上では、立ち止まらないように心がけて、渡りながら・・パチリと一枚・・わあ凄い!切れ目なく続くランナーの流れ・・。
 歩道橋を渡り、ずっと続く給水所の後ろを通って博物館へ・・。
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 博物館前に到着・・。
ウィメンズも間もなくゴール・・ラジオからはゴール前のデッドヒートが流れて来る・・。
ランナーやボランティアの皆さまから、元気を頂きました、ありがとうございます。
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 それでは、『陸前高田のたからもの』特別展へ・・続きは次回で・・。
  ありがとうございます。



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2015年07月20日

プリンターやら電波時計やらが相次いで止まる・故障取替え

 梅雨の候、室内の温度、湿度も高い・・やっとADSLからWi-Fiへの移行も完了し、一息ついた所・・。
では、譜面の印刷でもしようかと、パソコン(PC)で印刷(P)をクリックするが・・あれ?PCにオペレートエラーが出てプリンターが動かない・・。
mN5805.jpg プリンターを見ると・・エラー表示、電源ランプがオレンジ色で点滅している、点滅回数は1・2・3・4・5・えっ5回は初めて(汗)・・。
 使用説明書で確認『 5回 プリントヘッドが装着されていない/プリントヘッドの不良・・プリントヘッドを取り外し、接点の汚れを確認し、取り付け直して下さい・・』とある。

 早速、カバーを開けヘッドを中央に出す・・。
最近、交換したばかりのインクタンク(ほぼ満タン)を外す・・ここまではインク交換で、いつもやっているが・・さてヘッドは、どうやって取り外すか?・・。
 あっ、簡単に・・インクタンクの横の付いている、ヘッドの固定レバーを、パチンと上げると、ヘッドはスッポリと取り外せた・・なるほど、よく出来ているなあ・・。
mN5806.jpgmN5807.jpg 40点程の接点がヘッドの基板に付いており、本体側の接点と接続するようになっている。
いずれの接点も金?メッキが施され、汚れ等も見られない。

 ヘッドの確認後、取り付けるもエラーは解決されない(汗)・・『 解決されない場合はプリントヘッドが故障している可能性があり・・』とのこと・・。

 このプリンターは10年ほど使っているインクジエットプリンターiP3100、この間故障もなく動いてくれてはいるが・・メーカーの修理対応期間も、とっくに終わっている・・。
 ヘッドの交換も考えて、ヘッドをネットで探したら、パーツとして、まだ市場にあるが・・。
さよならADSLをしたところ・・プリンターも取り換えの潮時か・・よし取り替え♪~。

 ネットで、実勢価格を見て驚いた、プリント機能だけなら、インク代より安い機種も出ている・・。
どうせ、取り替えるのならと、スキャナーとコピーの付いた複合機とした、複合機でもヘッド代より安いものもある。
 早速、置き場所などから、今のプリンターと外形寸法が同じような物を購入・・。
mN5816.jpg 届いた複合機MG3530、作りが華奢で軽い・・旧プリンター(骨太で丈夫)の上にそっと置いて見た・・ほぼ同じ大きさの複合機・・。
 添付品は電源コードだけ・・なるほど、これにも無線LANが、LANケーブル(USBコード)不要で、簡単にWi-Fiと接続できる・・。

 複合機、早速、使い始めた・・さようならプリンター、ありがとうございます。

 時を同じくして、重宝していた時計が止まる・・9年ほど使っている電波時計LCR025・・。
mN5822.jpg 安定感のあるすっきりしたデザイン、時計合わせ不要 誤差10万年に1秒という電波時計(笑)・・。
 温度、湿度も表示される・・かるくタッチするとバックライトが点灯する、使い勝手の良い時計・・だったが・・。
 電池を変えてみたり、振動を加えるとリセット時の初期表示が出て、しばらく動くが直ぐに止まる・・心臓部のICの不具合と思われる・・。
 ICとなると手が出ないが、振るとカサカサ音がするので、駄目元で静電気に注意しながら分解して中を見てみる。

 なるほど電波時計、しっかりしたバーアンテナが奥に付いている・・いろいろ見ていると、電池からの配線が、ポロリと外れた・・これかな♪~と、配線を貼り替え・・。
 電池を入れてリセット・・初期表示は出るが、やはり数秒間で消えてしまう(汗)・・。
mN5795.jpgmN5801.jpg やっぱりICかな・・よし取り替え・・。
 長いこと正確な時間と、温度・湿度の表示を、ありがとうございます。
 同じ機種が欲しかったが、何せ古い時計、メーカーの今のカタログにもない時計・・。
あきらめて 1温度・湿度の表示あり 2バックライトあり 3すっきりしたデザイン の3条件でネットで物色・・購入した白い電波時計SQ767W・・。
 ほぼ満足して使い始めている、ありがとうございます。
mN5803.jpg 梅雨の候、さよならADSL・・時を同じくして、プリンターと時計が故障・・取り替え・・。
気がつけば、それぞれ使い始めてから、ADSL15年、プリンター10年、電波時計9年の時が過ぎ去っていた・・。

時の過ぎるのが早いか遅いか、それも気づくことのないような時期に、人はとりわけて幸福』 ~ イヴァン・セルゲーエヴィチ・トゥルゲーネフ(ロシアの小説家)
 ありがとうございます。

タグ:装置・機器
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2015年07月13日

ごきげんよう さようならADSL こんにちはWi-Fi

 ADSLからWi-Fiへの移行を進めているが・・。
もう一つのブログ『音楽大好き』で、ホームページ(H.P)のメモリ容量の問題が出てストップしていた。
 ADSLコースのH.Pメモリは100Mあるが、Wi-Fiのコースでは50Mが標準という、このため音楽大好きでメモリを減らす対応をしている。
 音楽大好きで、ひと月ほど前から始めた、H.P(容量100M)のブログ用写真約3,200枚を半分ほど、Seesaaへ移行する作業・・。
 作業しながら・・あの時、こんな記事を・・ダメよ ダメダメ(笑)読んでいては、仕事がはかどりませんぜ・・。
♪雪の進軍氷を踏んで~♪何処まで続く泥濘ぞ~等々と楽しく(汗)進めてきた・・。

H.Pの写真を1,200枚程に減らして、KDDIに容量確認・・おお,現在容量50M以下(37M)になっている、OKとなり、コース変更・解約手続きを進める・・。
mN5746.jpgm5N5727.jpg

 コース変更・解約完了・・ADSLのキャリアが止まる。
2002年の開通以来、無保守・無故障で動いてくれたモデムの電源を落とし・・モデム、ケーブル類等の撤去・・。
空いたスペースに・・Wi―Fiが ぽつりと 1人 1台(笑)・・。
 2台のPCはWi-Fiでネット、プロバイダにつながる・・移行完了♪~。
m2N5755.jpgm2N5775.jpgmN5787.jpg

 1週間ほどして『重要 レンタル機器ご返却のお願い』が、料金着払ゆうパックの伝票入りで来る(写真一部引用、組合せ)。
 開通時(15年前)のモデム梱包箱は見当たらないため・・何かないかな・・。
来たばかりの宅配便の箱がぴったりの大きさ・・ガタガタしないよう詰め物をして梱包、発送・・。
 ADSLごきげんよう、さようなら・・。
IMG_20150712_02-5jpg.jpgm2N5811.jpgmN5820.jpg

 『ADSL・・サービス終了のお知らせ・・Wi-Fiルーターへの移行を推奨・・』のDMが届いて、検討を始めたのが5月・・何せ、分からない事ばかりで (汗)2カ月かけて、やっとADSLからWi―Fiへの移行完了、勉強になりました♪~。
auスマートバリューキャンペンセンター、auショップの皆様、
KDDIお客様センターの皆様 カスタマーサービスの皆様、
 ありがとうございます。


タグ:装置・機器
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2015年06月17日

ごきげんようADSL こんにちはWi-Fi

 2002年12月からネットで使い始めたADSL・・当時、それまで使っていた、ダイヤルアップに比べると、とても速いと感じた・・。
 ADSLは、電話局(収容局)から近いこともあり、そこそこの通信速度も出ているので、以来、特に不都合もなく使い続けている・・。
(利用者が減少しているとはいえ、ADSLを使っている方々は、まだまだ世界的にも大勢いて、取り扱っているプロバイダも多いが・・)

 ある日突然、プロバイダから『ADSL・・サービス終了のお知らせ・・Wi-Fiルーターへの移行を推奨・・』のDMが届く・・。
 えっ、Wi-Fiって・・Hi-Fiなら知っているが(笑)から始まって、とりあえず検討を進める・・。
検討条件と結果
(1)メールアドレスとホームページを変えずに残す。
 プロバイダに、そのまま移行できるミニミニコース(メルアド1・H.P1で250円/月、追加メルアド1ごとに250円/月)があるという。
(2)面倒臭くない、なるべく手間のかからない方法。
 ADSLモデムをWi-Fiに置き換えるだけで簡単、即使えるという。
 (1)と(2)から、プロバイダ推奨のWi-Fiルーターを使ってみることにした。

 auショップ?へ行ってWi-Fiを契約・・。
(?ADSLはKDDIとの契約、Wi-Fiは移動通信でauとの契約になる、Wi-Fiには電話番号が付いている・・何んともややこしい)

 早速、ADSLモデムの横に仮置き、セッティング。
写真左下の青色が、今回契約のSpeed Wi-Fi NEXT W01・・。
下の白色は、固定回線として使うため別途ネットで購入したクレードル。
m5N5747.jpg 中央の黒色がADSLモデム(レンタル)。
モデムは、設置以来10年以上、無保守、無故障で動き続けている優れ物・・まだまだ使えそうだが・・。
 右の白色はハブとして使用しているもの。
モデムとハブの2台が、小さなWi-Fi1台ですむことになる。
 Wi-Fiには、LANケーブル接続端子1個と、なんと無線LANを10台接続できる機能がある・・私には、ちょっとオーバースペックであるが(汗)・・。
 PCには、無線LANアダプタをネットで購入取り付け。
各機器の設定はほとんど自動でやってくれるので簡単・・。
 順調にセッティング完了・・。

さて動作確認・・。
 ネットに接続する時、若干、待ち時間が感じられるが、接続されればADSLと
同様か(汗)ちょっと早い感じで使える・・動作確認完了♪~。

 早速、ミニミニコースへの変更と、ADSLの解約を申し込み・・現在ほとんどの変更はネットで出来るが、ADSL関係は電話申し込みとなっている。
 無事、受付完了・・同日0時に、さようならADSLとなったが・・となる予定だったが。

 その直後、電話が入りH.Pのメモリ容量で、ミニミニコース移行に問題が発生(汗)とのこと。
えっ、あわてて、変更と解約を取り消し、しばらくはADSLと、Wi-Fiの並行運用に・・。

 
 この問題は、もう一つのブログ『音楽大好き』で、対応に追われている・・。
 勉強になります、ありがとうございます、

タグ:装置・機器
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2013年04月24日

地方版新聞記事から・飯田「羽場の昔を学ぶ会」歴史紹介の冊子発行

 新聞は、電池・電源も要らず(笑)持ち運びも便利で、印刷された活字への信頼感、安定感もある。
なにより、沢山の情報、見出しをスクロールせずに、一目でぱっと紙面を見渡せる快感(?)は捨てがたい。
 ネットでほとんどの情報が手に入る今でも、新聞は信頼度が高い情報ツールとして欠かせない。
 ちなみに、感慨深い記事等はスクラップしておいて、機会があれば記事に関係する場所に行ったりなどしている。
nN2746.jpgnN2751.jpg 2010(平成22)年夏・・夏雲に誘われて知覧特攻平和会館を訪れたのも、その5年前の感慨深いコラム「中日春秋」(中日新聞2005(平成17)年3月29日)が切っ掛けであった。
 日々の新聞配達、ありがとうございます。

 旅に出た時などは、それぞれの地域に密着した地方版を見るのが好きである。
地方版と言えば、最近ネットで登録した「中日新聞プラス」に、地方版を閲覧できるコンテンツがある。
 居ながらにして、中日新聞が発行する中部一円、約60もの地方版の紙面イメージを見ることが出来る・・とても全部は見切れないが(汗)・・関わりのあった地域などの地方版については興味深く読ませて頂いている。
3月28日(木)曇り時々雨
 あっ!・・「中日新聞 長野県 南信版」で『石造物で羽場の歴史紹介 飯田「学ぶ会」が冊子発行』の見出し発見!・・その昔、飯田で暮らしたこともあり、飯田への思い入れは強い・・。
「中日新聞 長野県 南信版」(2013(平成25)年3月28日)から引用。 
飯田市羽場公民館で活動する「羽場の昔を学ぶ会」は、羽場地域に残る記念碑などを紹介する冊子「羽場の石造文化財」(A4判、六四ページ)を発行した。地域の歴史、文化を石造物を通して掘り起こした力作・・・。
 同会は一九九七年に発足。会員は六〇代から八〇代の男女十八人で郷土史などを学ぶ学習会を毎月一回続けている。冊子は県の「地域発元気づくり支援金」を受け、千部作った。
 風越山の山麓に広がる羽場地区は古くから開け、記念碑や文学碑など多くの石造物が残る。会員たちは、一つずつ大きさや碑文などを確認。地域の資料をあたったり、地元の人に聞き取り調査を重ね、その由来や建立時期を調べ上げた。
 冊子に掲載した石造物は、羽場権現に残る江戸時代の日蓮宗一派の僧侶・日樹上人の墓石や羽場赤坂の庚申(こうしん)塚はじめ、猿庫の泉(上飯田)の由来碑、文学碑など計四十六基。道路わきにひっそりと建つ観音像や地蔵尊にも光をあて、写真と位置図を添えてまとめた。
 飯田と木曽を結ぶ大平街道の旧大平集落では、一九七〇(昭和四五)年の離散時に建てられた「集団移住記念碑」や、斎藤茂吉の歌碑を紹介。大休みにある「風越プールの六地蔵菩薩」は三一(昭和六)年四月、遠足帰りの女子児童六人が発電所の貯水池で亡くなった痛ましい水難事故を伝えている。また、猿庫の泉近くにある「肉弾三勇士」の像は戦時中、戦意高揚のために作られたが、終戦とともに人目を避けて山中に移されたとみられる珍しい石像だ。・・・
 冊子は二十九日から三十一日まで、羽場公民館で希望者に配布する。・・・

 懐かしい思いで読ませて頂きました、ありがとうございます。

 大平街道の大平峠や飯田峠、大平宿から猿庫の泉などは時々訪れたりしているが・・羽場地域だけでも、こんなに沢山の石造文化財があるとは思ってもいませんでした。(写真は猿庫の泉、登り口付近2010年6月撮影)。
n2N2233.jpg「羽場の昔を学ぶ会」の会員さんは、同年輩の六〇代から八〇代の方々・・飯田に居たころに聞き覚えた、懐かしいお名前の方もいらっしゃるようである。
 いいですね・・冊子『羽場の石造文化財』・・どえりゃあ欲しくなりました(汗)。
 発行部数、1000部とある・・明日29日から配布・・もし配布終了になってしまうと(涙)・・よし!土曜日(30日)に、まだ残っていれば受け取りに行くことにしよう・・。
 
 続きは次回『飯田「羽場の昔を学ぶ会」歴史紹介の冊子発行・受け取りに♪』で・・。
  ありがとうございます。
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