2015年09月10日

夏2015(3)松川ダムでダムカード・飯田市 上飯田


 残暑の候、遅がけのプチ夏休み・・片桐ダムから、大平街道(県道 飯田南木曽線)沿いにある松川ダムへ向かう・・。
 大平街道の、猿庫の泉の分岐の所で、ダムまで1.5kmの案内板発見・・街道を進むと、左側に松川ダムの案内標識、街道から左に分岐し、ダム管理専用道路へ入る。
 専用道路に入って直ぐに、長野県 松川ダム管理事務所前の広場に到着・・。
広場には駐車場、見学者の休憩用の東屋(あずまや)、トイレなどが設けられている。
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 東屋の向こうの白い柱『標高689.403メートル、北緯35度31分42秒・・』と書かれている・・その先にダムが・・柵の所で、身を乗り出さずに(汗)パチリ・・。
 松川ダムは、洪水調整、水道用水及び既得用水安定化を目的とした多目的ダム、昭和50(1975)年に完成。
 昭和61(1986)年には、建設省のダムエネルギー適正利用化事業に基づき、ダム管理用発電、最大出力1200kWの松川ダム発電所が、ダムの下に建設されている。
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 ダム管理事務所へ寄って、松川ダムと片桐ダムのダムカードを頂く。
『 中日新聞 長野県南信総合版(2015(平成27年8月14日) 』から引用。
『 松川、片桐ダム  カードでPR  県が配布
飯田市の松川ダム、松川町の片桐ダムを広く知ってもらおうと、県がそれぞれのダムの写真や貯水量などを記したダムカードを配布している。
カードには、松川ダム、片桐ダムの空撮写真を掲載、裏面には完成した年や構造のデータのほか、周辺の名所や街の特徴なども盛り込まれている。
 両ダムは県が管理しており、カードはダムの知名度を上げるとともに、ダムが果たしている役割を認識してもらおうと配布している。
両ダムのカードは、松川ダム近くの同ダム管理事務所で配っている。1人1枚で、配布は午前9時~午後5時。
 』
 松川ダム管理事務所は年中無休・・平常時無人の片桐ダムの遠隔監視制御も、ここで行われている。
松川ダムのダムカード写真の右下には、再開発事業により完成した洪水バイパストンネルの放水路も写っている。
 ダムカードを頂いた係の方と、ダムの事やらいろいろお話を・・地元の方なので、つい昔話も・・。
mN6275.jpg・・昔、ダムの出来る前に飯田に居たことがあります・・りんご並木やら・・焼き肉は良く食べました(笑)・・「リンゴ並木は街のシンボルとして大切にされています・・いまは、山の手のアップルロード(R153)沿いが、お店なども沢山出来て賑やかになっています・・飯田の焼き肉屋さんは、最近の統計で、人口比で言うと日本一多いとのことです(笑)・・」いろいろ楽しいお話ありがとうございます。
それではダムの方へ・・。

 ダムの上(堤頂)の幅の広い道を歩いてみる。
上流側は、たっぷり貯水した広い松川ダム湖・・ほぼ平常水位か、たっぷり、ゆったり水をたたえた湖・・。
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 あっ、左岸にインクライン・・かなりの急傾斜なレール、舟は台車に横向きに積まれている・・
カッコいいインクライン・・。
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 下流側は深い谷に・・ダムの高さ(堤高)は84.3m・・わあ!非常時ゲートの所から下を覗いて見た・・。
 遥か下流には、合流する天竜川が流れる伊那谷、ここからは飯田の市街は見えず・・その向こうには雲のかかった南アルプスの山々・・。
 のんびり、湖と緑の開放感に浸れた松川ダム、ありがとうございます。
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 間もなく午後4時・・松川ダムから撤収・・。
mN6226.jpg 帰り道・・松川切石大橋(2013年11月開通)で松川を渡る、先の交差点で、渋滞して橋の上で止まったので、松川ダム方面をパチリ・・。
 もう一カ所、寄りたい所があるので、飯田ICから中央道に入らず、下道で阿智村清内路へ・・。

 プチ夏休みは『夏2015(完)・・』に続きます。
  ありがとうございます。

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2015年09月04日

夏2015(2)肉弾三勇士の石像・大平街道 猿庫の泉上り口

 残暑の候、遅がけのプチ夏休み・・片桐ダムから、飯田の大平街道(主要地方道8号線 飯田南木曽線)沿いにある松川ダムへ向かう・・。
 ダムへの途中・・以前、『羽場の昔を学ぶ会』の方々から「大平街道の、猿庫の泉の上り口付近の山中に、肉弾三勇士の石像がある・・」とお聞きしていたので、寄ることにした。
 大平街道や猿庫の泉は、時々訪れているが、三勇士の石像にはお会いしていない。

 大平街道から猿庫の泉の道へ分かれる・・。
分かれて直ぐの所に『三勇士霊場 登り口』の立札発見・・石段を上り、鳥居をくぐって霊場へ・・。
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 なだらかな小径を行く・・直ぐに登りにかかる・・ふと人影を感じ、見上げると、木の間に、勇士の陰・・。
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 逸る心を押さえて、急な坂を巻いて上ると、そこが三勇士霊場・・。
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 凛として立つ、三勇士の石像・・しばし正対してから黙礼・・。
m2N6146.jpg羽場の石造文化財』羽場の昔をしのぶ会作成の冊子から引用
 『小銃を持ち、直立不動で肩を並べる3人の兵士の石像。
・・昭和7年(1932)2月、上海事変の戦闘が続く中国上海郊外で、日本陸軍工兵の作江伊之助、北川丞、江下武二の3人が、破壊筒を抱えて敵陣に突入、鉄条網の突破に成功したが自らも戦死した“美談”を称えて建立されたもの。像の横に由来碑が建っており、建碑趣旨と建立年月日「昭和7年(1932)10月」、建立者等が刻まれている。
像がこの地に置かれた経緯等は明らかでなく、現在像を管理する羽場曙友会では、「終戦とともに余り人目につかない、現在の山の中に移されて来たものと推測される」としている。
戦後、軍国主義につながるモニュメントは撤去・破壊の憂き目にあっている中で、肉弾三勇士の像は全国でも数少なく貴重だとされている。(高さ163cm 等身大像の三体)』


 清静たる山中・・三勇士の石像は、遥か彼方を見据えて、凛として立っている・・。
m2N6136.jpg 三勇士の、とこしえに安らかならんことを祈りつつ黙礼・・戦争は、繰り返してはならないとの思いも強く・・。
 平和な世に生き、生かされていることに、唯唯、感謝、ありがとうございます。

 三勇士霊場を辞して、木洩れ日の射す小径を、粛々と下る・・。
mN6161.jpg それでは、松川ダムへ・・。
プチ夏休みは『夏2015(3)松川ダムでダムカード・・』に続きます。
 ありがとうございます。






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2015年08月31日

夏2015(1)片桐ダムのダムカード・南信州 松川町

 残暑の候、遅がけにプチ夏休み(笑)・・先日新聞記事で見た、松川、片桐ダムなどを回ってみることに、これらのダムへ行くのは初めて、ダムカードとやらも初めて♪~。
 『中日新聞 長野県南信総合版(2015(平成27)年8月14日)』から引用。
『 松川、片桐ダム カードでPR  県が配布
飯田市の松川ダム、松川町の片桐ダムを広く知ってもらおうと、県がそれぞれのダムの写真や貯水量などを記したダムカードを配布している。
カードには、松川ダム、片桐ダムの空撮写真を掲載、裏面には完成した年や構造のデータのほか、周辺の名所や街の特徴なども盛り込まれている。
両ダムは県が管理しており、カードはダムの知名度を上げるとともに、ダムが果たしている役割を認識してもらおうと配布している。
両ダムのカードは、松川ダム近くの同ダム管理事務所で配っている。1人1枚で、配布は午前9時~午後5時。
 』
8月23日(日)
 曇っているが、気温は31度を超える・・名古屋を、ゆっくり出発・・。
mN6080.jpg 11:05 お馴染み東山動植物園の前を通過・・。
東山スカイタワーをちらりと見ながら、東名高速 名古屋IC(インターチエンジ)へ・・小牧Jct(ジャンクション)から中央道へ・・。

 中央道 神坂PA(パーキングエリア)で小休止・・恵那山(2191m)は雲に隠れて見えない・・。
神坂PAを出ると直ぐに恵那山トンネル・・恵那山トンネルは長さ約9kmの長大道路トンネル・・。
 ちょうどお昼時で交通量は少ない・・単車が、風を切って走って行く・・。
交通量が少ないとはいえ、単車で長大トンネルを抜けるのは大変だろうな、など思いながら・・ひたすら走り、トンネルを抜ける。
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 トンネルを抜け伊那谷を快走・・まず片桐ダムを目指す・・。
飯田ICを通過し、次の松川ICで高速を下りる。
mN6096.jpgm2N6124.jpg 松川青年の家を過ぎた所で、片桐ダム案内標識に従い、ダムへの山道へ・・。
ダムへの道は、未整備で狭い箇所もあるので注意して上る・・ガードレールの直ぐ外は、深い谷の所も(汗)・・。

 あっ・・途中、橋の手前で、片桐ダムが姿を現す♪~。
m3N6121.jpgl9N6622.jpg これは絶好ポイントと、ダムの方ばかり見て、身を乗り出してダムの写真を撮ったが・・。
後で、この橋は高い崖の上に架かっていたのを知る(汗)・・。

 ダム到着・・片桐ダムは、治水、流水の安定、上水道用水の確保を目的とした多目的ダム、平成元年度に完成。
常時は無人、飯田の長野県松川ダム管理事務所から、遠隔監視制御されている。
 ダムの上(堤頂)の幅の広い道を歩いてみる。
上流側は、静かな水面が広がる湖・・ややダムの水位は低いか・・浮かんでいる流木止めには草木が自生して、素敵な自然のプランターみたいに・・。
 奥の、中央アルプスへつながる山々の頂きは、雲がかかって見えず・・長閑な湖・・。
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 下流側は・・一転、深い谷に・・写真右上の橋が、身を乗り出して写真を撮った所(汗)・・。
足元で、かすかにシャワシャワと水音・・低水放流設備からの爽やかな放流・・。
 遥か下流には、天竜川が流れる伊那谷・・その向こうには雲のかかった南アルプスの山々・・。
和みの光景、ありがとうございます。
l9N6615.jpgm2N6115.jpgl29N6619.jpg

 片桐ダムを後にして、山道を下り飯田へ向かう・・。
ここで、この後飯田の松川ダム管理事務所で頂いたダムカードを、先に紹介しておこう。
キーボードの上に置いてパチリ・・。
 空撮写真により、ダムの全体像が良く分かる・・裏面にはダムのデータやら、こだわりの技術などマニアックな事柄も簡潔明快に記載されている・・楽しいダムカード、ありがとうございます。
mN6271.jpg ダムカードとは・・
国土交通省と水資源機構の管理するダムで、ダムのことをより知ってもらおうと、平成19年から作成しているもの。
 カードの大きさや掲載する情報項目などは、全国で統一されており、国土交通省と水資源機構の管理するダムのほか、都道府県や発電事業者の管理するダムでも作成され、ダムの管理事務所やその周辺施設で、ダムを訪れた方々に配布しているという。

プチ夏休みは『夏2015(2)・・』に続きます。

ありがとうございます。

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2011年10月10日

3台目のフッペルを訪ねて日南町

 昨夏、知覧特攻平和会館で出会ったプッペル社のピアノフッペル(HUPFER)・・特攻隊員が出撃前日に弾いたというプッペル。
 日本には鳥栖と知覧の2台しか残っていないとされていたが、3台目が鳥取県日野郡日南町に在ると知り、直に触れたくて会いに行った。
「鳥栖で弾かれた曲は『月光』でしたが、日南は出征の詩『感激の征途』でした・・」現在フッペルが置かれている『日南町総合文化センター』の所長さんからお聞きする。
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 太平洋戦争(第二次世界大戦)末期には教職の方々も出征されている。
 当時フッペルが在った日野上国民学校の先生は、出征の思いを『感激の征途』という詩に託された。
 同僚の先生が曲を付け、出征を前にしてフッペルの伴奏で『感激の征途』を歌ったという・・これが先生の人生最後の演奏となったのであろう。

nN6181.jpg  出征した先生は戦艦『大和』に乗艦。
翌年、沖縄方面特攻作戦(天一号作戦)で出撃し、鹿児島県坊ノ岬沖で『大和』と運命を共にされている。
 ピアノメーカーのフッペル社は第二次世界大戦開戦への煽りを受けて既にピアノ製造は中止しており・・やがて工場も無くなってしまったという。

 フッペルは日南町総合文化センター『さつきホール』(客席数502内車椅子席4)の舞台の袖で静かに待っていてくれた、セミコンのフッペル。
nN6186.jpg 所長さんから「平和祈念コンサートに使ったので、今は常設の展示場所からホールに移動しています。
 小学校の体育館に置いてあったので、ボールが当たったり、上に乗ったりしたなどしてあちこち傷が付いていますが・・最初はそんなに貴重なものとは思っていなかったです・・ハンマーや響板の一部は取り換えていますが他はそのままです・・鳥取の保育園でコンサートをしたこともあります。
 県外、遠方からの貸し出し依頼もありますが、輸送時の保険が価値の付けようがなく難しいことなどからまだ貸し出したことはありません・・。」
 楽器を持ってきましたのでフッペルと一緒に写真を撮ってもいいですか、フッペルについては日南町総合文化センターホームページに色々な角度から見られる素敵な画像が在りましたが「ホームページは私が作っています、プッペルの画像処理ソフトはコスト面などいろいろ検討して探しました。
写真を撮られるなら舞台の中央へ出しましょう」えっ!いいんですか!
 事務所の皆さんでフッペルを舞台の中央へ運んで頂ける「では終わったら事務所に声を掛けてください、ごゆっくりどうぞ」感激!ありがとうございます。

 広いさつきホールを独り占め・・フッペルとのコラボ、至福の時間。
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♪この道 ~ ♪赤トンボ ~ 
  素晴らしい音響のホール ~ 感無量 ~。
 
 平和な時代に生き生かされていることに、唯唯感謝。

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 戦争、特攻で繋がっていた鳥栖と日南のフッペル・・。
フッペルは「平和のシンボル」として、平和への願いを恒久に奏でてくれるであろう。

 日南町総合文化センターの所長さん、事務所の皆さま、お忙しい所お手数をお掛けいたしました、ありがとうございます。

 3台目のフッペルを訪ねた旅の顛末は次回「フッペルを訪ねて日南町道中記」に続きます。
  ありがとうございます。
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2010年07月12日

梅雨の晴れ間・大平街道(1)・木曽見茶屋

 小黒川のミズナラに別れを告げる、時刻は16:00を回ったところ、天気は持ちそう、今の時季まだ2時間は明るい・・
m1N6569.jpgm1N6564.jpg昨冬冬期通行止めのがっちりしたゲートで閉じられていた大平街道(主要地方道8号線 飯田南木曽線)、雪解けを待って通り抜けたいと思っていた大平街道を回って帰ろうと、小黒川のミズナラで出会ったお2人と別れR256を北上、清内路峠を越えて、きついヘアピンカーブを下り木地師の里漆畑を抜け、幸助から大平街道へ・・。
 16:30冬季通行止めゲートは疾うに開かれ整備された道路が緑のトンネルに延びる・・道路は昔、伊那谷と木曽谷を結ぶ交通路として栄えたという大平旧街道にほぼ沿って造られている、南木曽から大平峠(木曽峠)(1358m)を越え高原森林地帯を抜け大平宿から飯田峠(1235m)を越えて飯田に下る・・
n1N2179.jpgn1N2180.jpgn1N2186.jpg旧街道は所々で道路から分かれ山中へ消えてゆく、ゆっくり昔を偲んで歩いてみたい旧街道である、「熊出没注意」の張り紙も、鈴など忘れずに・・。
 緑に囲まれたセンターラインの無い峠道、視界もきかない、カーナビお供にくねくね道を上る。

 16:50センターラインが現れ、ぱっと視界が広がると「木曽見茶屋」(1226m)、ここからは眼下に南木曽、富貴畑、蘭(アララギ)地区、遥かに御岳、乗鞍、奥穂高、加賀白山などを眺望できるというが、残念ながら梅雨時の夕暮れ遠望はきかず。
 ここには斎藤茂吉の歌碑がある。
n1N2190.jpg 昭和11年秋深まる10月、斎藤茂吉は木曽福島王滝の旅を終え、飯田での「アララギ」歌会に出席するため大平峠を越えたという、このとき作った17首の歌は「大平峠」と題して歌集「暁紅」に収められている、歌碑の歌もその中の1首、この地で蘭(アララギ)の里を望み「アララギ」への深い思いが詠われている、歌碑は有志の方々により平成元年に建てられたもの。
「麓にはあららぎといふ村ありて 吾にかなしき名をぞとどむる 茂吉」

 17:02大平峠の広場、実際の峠はこの先の短いトンネルで抜ける。
n1N2198.jpgnN2199.jpgn2N2183.jpg大平峠をはさんだ標高1300m~1500mの高原森林地帯には「大平峠県民の森」が造成されている。森の中の大平旧街道は昔のままの姿を残しつつ歩きやすいように整備されているという。

 17:07「奥石澤橋」県民の森の入口付近・・
nN2202.jpg その昔飯田で暮らしたことがある、当時街道沿いに大平スキー場というのがあった。
 スキー場があったのはこの沢の辺であろうか、大平宿を過ぎて少し登ったと思うが・・スキー場と言ってもリフトなど無く、簡易的な短いロープトウが一本有ったかな?の小さな斜面だった、とにかく近いので、「信南交通」の臨時バス、ベージュ色に赤と青のライン?のバスで何度か滑りに来た、ブイブイ吹かして上る急坂、到着までに排気ガスと車内の熱気で気分が悪くなったりしたことも、今では懐かしい思い出・・。
 しかしここまで人っ子一人いない街道・・この時節、この天候、この時刻では当たり前であろうか・・街道は「梅雨の晴れ間・大平街道(2)・大平宿」へ続きます・・。
  ありがとうございます。
タグ:歌碑・石碑
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2008年12月31日

茶臼山高原スキー場 豊根村

 12月中旬、快晴、・・スキー場開き目前の茶臼山高原スキー場の雪は?・・茶臼山高原スキー場は愛知県内唯一のスキー場、茶臼山高原道路の終点にあるスノーリゾート。
mmN6339.jpgmmN6310.jpg 茶臼山高原道路沿いの「面の木園地」で木地師住居跡、木地師屋敷を見た帰りに茶臼山高原スキー場へちょっと寄り道、気温は1度だが日中は暖かく感じる
 快適な標高約1000mの茶臼山高原道路のドライブ、行く手にはスキー場のある萩太郎山(1,358m)と茶臼山(1,415m)・・ちなみに有料だった茶臼山高原道路は平成20年4月から無料化されている。

 スキー場開きの準備でお忙しい係りの方「・・雪が少なくて・・スノーマシンの人工雪・・フアミリーゲレンデでスキー場開きです・・
mmN6332.jpgmmN6330.jpgmmN6322.jpg・・これから冷え込みが続けば年末からお正月には全面滑走可能の予定です、これから美しい樹氷も見られますので・・」近場で樹氷に囲まれてのスキーも素敵ですね、ありがとうございます。
♪山はしろがね 朝日を浴びて 滑るスキーの 風きる早さ ~ スキー(昭和17年「初等科音楽(4)」)

(追記)全面滑走可能に!その後の茶臼山高原スキー場 
12月20日フアミリーゲレンデでスキー場開き
   28日ゲレンデ周辺一面がキラキラ光る樹氷に包まれる!
   30日全面滑走可能に!
      萩太郎山のゲレンデは全面30cmの積雪(人工雪)でリフトも営業開始
      スキーヤーの歓声がゲレンデに響く、周辺路面状況 積雪、凍結注意!

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木地師住居跡 設楽町津具

 12月中旬、雪の来る前に設楽町津具の高笹地区にあるという木地師住居跡を訪ねて茶臼山高原道路沿いの「面の木ビジターセンターへ」・・。
mmN6255.jpg 木地師は轆轤(ろくろ)を回してトチ、ブナなどの木から食器や盆を製作していた職人集団、江戸時代を中心として活躍したという、その始祖は1100年以上前(平安時代)にろくろによる木地製作を開発した小野宮惟喬親王という。
 木地師は良い材木を求めて全国の深山を巡って暮らしていた、設楽町津具へ木地師の一団が入山したのは江戸中期と推定されている、天然の木材の豊富なこの辺り(標高約1000m)には住居跡がいくつか点在していて木地師屋敷と呼ばれる木地師の住居兼仕事場が発掘されて復元されている。

mmN6251.jpg 面の木ビジターセンター前の駐車場で小天狗、烏天狗を従えた大天狗のお出迎え・・天狗の謂われは近くの天狗棚(標高1,240m)、鎌倉時代から天狗棚は天狗の住む霊山として近郷の人々から崇められているという・・ビジターセンターは冬季12月1日から3月31日まで休館、裏の詰め所で木地師住居跡を含む広い「面の木園地」を維持管理されている方に、木地師屋敷への立ち入りなどをお聞きした「木地師屋敷は常時開けてありますのでご自由にどうぞ、今は大部荒れています・・冬の間はビジターセンターはお休みですが、茶臼山高原スキー場が明日からオープンします・・高原道路も無料になってますのでまたどうぞ寄ってください・・」ありがとうございます。

mmN6304.jpg駐車場から5分ほど下るとソギ葺き石置き屋根の復元された家屋・・その先には住居跡。
 家屋は板敷きの広間、ねや(納戸)と土間の質素な作り、土間には作業場、鍛冶場、炊事場・・雨漏り?で板の間や土間は湿っていて濡れた跡などで荒れているが、荒れた様子からは寧ろ復元家屋と思えない古さを感じ当時が偲ばれる、木地師の道具などが置かれていた、道具類は津具にある津具民俗資料館にも展示してあるという・・。
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mm2N6276.jpgmmN6307.jpg 誰が置いたか縫いぐるみの熊さんがぽつりと・・熊さんの前で昔を偲んで♪~笛~を吹く、湿気が多いためかやや重厚な響きをしばし楽しむ・・。
 駐車場まで戻るとあちこち巡っているという方に出会う、こんにちは暖かくていい日ですね「・・木地師はこんな高い所に住んで仕事していたのですね・・高いところといえば飯田の大平峠(標高1,358m)大平高原(標高1000m以上)にも多くの建物が保存されている「いろりの里 大平宿」がありました・・」ありがとうございます、春になったら大平も行ってみたいと思います。
 快晴、気温は1度だが日中は暖かく感じる・・スキー場開き目前の茶臼山高原スキー場の雪は?・・帰りにスキー場へ寄ってみよう・・。

♪雪やこんこ 霰やこんこ 降っては 降っては ずんずん積もる ~ 雪 (明治44年「尋常小学唱歌」) 雪やこんこ=雪よ来い来い


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2008年03月20日

梅見・・明石SA

mmN0628.jpg 明石市江井ヶ島を目指して第二神明道路の下り線・・東経135度日本標準時子午線・・の標識がチラリと見えた、子午線 懐かしい子供のころはリアルな線があると思っていた・・。
 第二神明道路唯一のSA「明石SA」で小休止。
明石SAには太陽をイメージしたという6mもある大きな日時計があった。
 春分(秋分)の日の太陽を基準にして配置されているという。
「すぐ隣の梅園が見頃ですよ・・。」とレストランでお聞きして梅園へ、歩いて2分。

 老若男女楽しく梅見、ワンちゃんも・・。
「犬の散歩がてら・・。」「お墓参りの帰りです・・。」「ここは石ヶ谷公園で、向こうには中央体育館や桜の広場もあります・・。」
「前は牧場だったのですが市の政策で梅園に・・。」
 地元の方々に親しまれている石ヶ谷公園、花の名所「明石の梅園」。
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 子供たちには枯草(牧草?)を集めて斜面に撒いてのお尻すべり(段ボールなどを当ててます)が大人気。
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 明石SAからお隣の石ヶ谷公園「明石の梅園」で思いがけない梅見。

  ♪万代(よろづよ)に、年は来経(きふ)とも、梅(うめ)の花、
      絶(た)ゆることなく、咲(さ)きわたるべし ~
 万葉集(たのしい万葉集
          ありがとうございます。
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2007年10月22日

あわくら温泉元湯・・岡山 西粟倉村 1

 朝駆けして鳥取県智頭町 石谷家住宅へ向う、中国自動車道作用ICから智頭街道(R373)を北上、30分程で「あわくらおんせん」、朝8時半頃到着ここで朝駆けの疲れをとろうと立ち寄り湯。

m5017.jpgm5020.jpg 立ち寄り湯がこの辺りで一番早く(9:00~)からできるあわくら温泉「元湯」へ。
 道の駅「あわくらんど」を過ぎてから塩谷川に沿った道を少し上る。大きな「温泉自動販売所」の看板を見て「もとゆばし」を渡ると「元湯」。
 公営いこいの家という「元湯」のお風呂は、数人入ればいっぱいになる浴槽が一つだけで、アットホームな民宿のお風呂といった感じ、気楽で落ち着ける。
 地元の方の利用が多い憩いの温泉。
(大人400円 温泉の泉質および効能 ラジウム泉 慢性リュウマチ、神経痛、神経炎、痛風、動脈硬化 慢性皮膚炎)
 お湯は無色透明で無味、無臭、サラサラ。ラジウム泉は他の温泉成分と違い呼吸から体内に取り込まれ、新陳代謝、免疫力、自然治癒力を高めるという。
 お風呂で深呼吸してラジウム?をいっぱい吸い込み、すっきりとフレッシュ。


m5019.jpg 「元湯」の駐車場にある温泉自動販売所、看板に「ラジューム含有量中国地方随一 ラドン47.6マッヘ 20リットル100円・・」とある。
「この温泉を飲んで肝臓が良くなったと、人から聞いて明石から来ました。高速で2時間半ほどかかりました。健康のためあちらこちらの水を飲んだりしてます。
 兵庫県神崎町の越知谷、笠形山、加美町には名水が多く せんがみね(千峰)の名水にはよく行きます、ここら辺ですよ・・。」と地図で場所までお話ししていただいたお母さん・・。
「作東町からです、今は合併で美作(みまさか)市になりお隣です・・肝臓は聞いたことはないですが・・これでコーヒーやお茶を入れます、美味しいですよ、カルキの匂いもしなくて、よく汲みに来てます。」とお父さん・・。
 
 塩谷川に沿った道にはあちらこちら花が奇麗・・明るい谷間に続く山里・・元湯、塩谷方面へちょっと寄り道。
 自然を愛する温かい方々と出会えました。
 ありがとうございます。

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2007年10月16日

初秋の板井原2・・紅葉

 板井原集落、今年は10月上旬に訪れた。気温約23度、皆さん半袖、ブラウス。日中はTシャツ一枚でも動き回ると汗ばむ陽気。木々はまだ緑鮮やか、紅葉はしていない。
 昨年11月中旬に訪れた時は、もう肌寒くコートやジャンパー姿が多かった。見事な紅葉。
今年と昨年の写真を並べて見ると、初秋から晩秋へと急速に移りゆく季節をモミジを通して感じた。

今年 初秋          昨年 晩秋<
(2007.10.上旬)   (2006.11.中旬)
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 向山神社。
参道のモミジもまもなく鮮やかに色づく。


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 緑に包まれている茅葺民家も、まもなく色づいた木々と常緑樹の美しいコントラストの中に一段と映えることだろう。


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 古民家の喫茶「野土香」も、縁側の戸が開けられ網戸が。
 外にはススキの穂もゆれている。
涼しくなって戸が閉められるころには紅葉の額縁に。


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 添えられたモミジもまだ青い。

まもなく紅いモミジに変わる。


 ♪秋の夕日に 照る山紅葉 濃いも薄いも 数ある中に 松をいろどる 楓や蔦は 山のふもとの 裾模様 ~ 紅葉(もみじ)

 移りゆく季節を、美しい自然とモミジで感じられました。

    ありがとうございます。

posted by damp at 01:34| Comment(2) | TrackBack(1) | 旅行 | 更新情報をチェックする
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