2017年11月08日

今は昔 ジャンボフェリーで屋島へ

(この『音の細道・・楽器片手に行雲流水』Seesaaブログは、以前のブログLOVELOG(KDDI)の終了に伴い引っ越したものである・・。
 このたび、KDDI(au one net)『ホームページ公開代理サービス(ホームページサービス)』のサービス終了に併せて、メモリ容量の少なかったLOVELOG当時に作成した記事、写真等の見直をしている・・。
 今回、写真の少なかった当ブログ最初の記事『ブログ事始』“サックスかついでin屋島”の補足記事を書いてみた・・。)

 今は昔(汗)・・2006年5月、屋島(高松)へ行くとき、ジャンボフェリーを利用してみた・・神戸から高松へゆったりのんびりの船旅♪~ジャンボフェリーは初めて、ワクワク♪~。
 雨の、神戸のフェリーのりばから、車に乗って乗船・・出航・・。
マリンタワーに見送られ、神戸の街を後にする・・。
01m5N0265.JPG02m5N0267.JPG

 静かな瀬戸内を、ほとんど揺れもなく快適に進む・・。
間も無く、明石海峡大橋・・大橋の下を潜る♪~・・。
大橋を潜り、スイスイ進むフェリー・・煙突には赤のラインが2本・・。
03m5N0270.JPG04m5N0272.JPG05m5N0274.JPG

 間も無く高松、前方に台形(屋根型)をした屋島が見えてくる・・屋島の名は、その屋根のような形状に由来するという・・。
 屋島の突き出たところ『長崎ノ鼻』を回り込んで高松へ・・長崎ノ鼻の先を通過、あっ!この角度から見ると屋島の姿が変わった・・。
06m06N0276.JPG07m5N0277.JPG

 高松港へ・・ジャンボフェリー高松のりばに着岸・・。
08m6N0279.JPG09m5N0280.JPG

 翌々日・・屋島ドライブウェーを上る・・。
上る途中・・『小豆島 20km』の案内板が・・ちょっと傾いていましたが(汗)・・。
案内板の遥か先には・・うっすら霞んだ島影が、あっ!あれが小豆島、なるほど20km・・。

 屋島は溶岩台地で上からは源平の古戦場「壇ノ浦」平家軍船の停泊地「船隠し」など平家物語の屋島合戦の舞台を眼下に一望できる。
10m5N0299.JPG11m5N0300.JPG

 屋島ドライブウェーを上って、回り込む・・。
高松港が一望・・フェリー乗り場は、あっ!あそこかな・・。
12m5N0310.JPG13m5N0307.JPG

 帰りもジャンボフェリーで、高松から神戸までゆったりのんびりと船旅・・静かな瀬戸内を、ほとんど揺れもなく快適に進む・・。
 再び、明石海峡大橋を潜り、スイスイ進む・・おお!帰りのフェリーの煙突には、行きと違って青のラインが・・。
14m5N0315.JPG15m5N0321.JPG16m5N0326.JPG

 神戸のフェリーのりばに着岸・・乗車して下船する・・。
  ジャンボフェリー・・安全で快適な瀬戸内の船旅、ありがとうございます♪~。
17m5N0332.JPG
 今は、いろいろ様変わりしていると思われますが・・。

 今は昔(汗)・・10年以上前に屋島へ行った時のお話でした、ありがとうございます。 



posted by damp at 00:55| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

LOVELOGからSeesaaブログへ引っ越ししました

 LOVELOGのサービス終了を受けて、他のブログサービスへの移行を検討した結果・・ブログ記事、画像データも含めて、一括して容易に移行できるSeesaaブログとしました。
 2007年3月4日からお世話になったLOVELOG・・ポチポチ書き続けた投稿数394ページ・・。
この、2014年3月31日までに訪れて下さった方は、延べ227,852人、閲覧延べページ数は619,257ページになっています、御覧下さった皆様ありがとうございます。
 
 時は春、御近所の学校の校庭の桜も満開♪~さあ引っ越しです・・。
oN2474.jpg 移行手順を見ながら、新ホスト名(URL)等を順次入力し・・『移行を申し込む』ボタンを1回だけ押す・・待つことしばし、2014年4月3日23時26分データ移行完了メールを受信・・ありがとうございます♪~。
 なお、LOVELOGは3月31日で投稿、編集等終了していますので(閲覧は可能)・・移行までの間に頂いたコメント等は、承認ができず、移行もされないので見ることができませんでした、失礼を御容赦ください(汗)。

 新しい、ブログURLは http://damp1404.seesaa.net/ となりました、リンク、URLの変更等がありましたら、よろしくお願いいたします。
(移行完了から一定期間は、LOVELOGのURLは、新しいSeesaaブログのTOPページへ自動転送(リダイレクト)されるとのことです・・)
 新しいページはLOVELOGとデザインも変わり、いろいろ設定も変わっていますが、記事は同じ流れで続けたいと思っております。
 データ移行は完了しましたが・・移行された記事ページ内のリンクURLは、旧LOVELOGのURLのままとなっていますので、クリックすると新SeesaaブログのTOPページ飛んでしまい、お目当ての記事ページに、なかなか行き着けないかと思います。
 この点については、新規投稿に併せて、リンクURLの修正、編集を、ポチポチして行きたいと思いますので、暫くお手数をお掛けしますが、今後ともSeesaaブログで、よろしくお願いいたします。
 
 ありがとうございます。

posted by damp at 14:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2012年04月02日

ちょっとお散歩・・名古屋港ガーデン埠頭(上)

 名古屋港湾会館で緑の講演会を聴いてからガーデン埠頭へ。
時計は午後4時を回り、名古屋港水族館や名古屋港ポートビル(名古屋海洋博物館)、南極観測船『ふじ』は入場受付を終了してそろそろ閉館・・人影がほとんど無くなった埠頭・・ちょっとお散歩・・。
 港湾会館の前の歩道橋で埠頭へ、歩道橋の先に見えるのは名古屋港ポートビル、その向こうはもう海。
歩道橋の下、埠頭の入口には防潮壁と防潮扉がある。
m19N9853.jpgm9N9801.jpg 昭和34年(1959)の伊勢湾台風を契機に整備された防災施設、非常時には防潮扉を閉じ、高潮から市街地を守る。
 ちなみに整備された防潮壁は全長約26km、防潮扉は55ヶ所に設置されているという。
津波についても・・東海地震では名古屋港には大きい津波は来ないと予想されているが、万一に備えて突発的な場合を除き、発災前に全ての防潮扉、防潮水門を閉鎖する体制がとられているという。

 歩道橋から見える、尖塔のあるエキゾチックな町並みは名古屋港イタリア村の跡地。
イタリア村は2005年に開村したが・・2008年には経営破綻し閉村している・・その後、跡地利用を模索しているようであるが・・。
m9N9852.jpgm9N9858.jpg おや?村への入口があった凸型の建物には足場が組まれシートが掛けられている・・リニューアルが始まったのであろうか?それとも・・。

 歩道橋を下りて埠頭へ・・埠頭の先には金色の鯱が・・。
尾張名古屋は城でもつ・・名古屋城の天守の金鯱は名古屋のシンボル・・。
 埠頭の金色の鯱は、1980年に引退した大型フェリー『あるごう』7000トンのバウマーク(船首の飾り)。
『あるごう』は名古屋のシンボルマークをつけ名古屋~大分間の定期航路に就航していた。
 霞んで見える大きな斜張橋は『名港トリトン』(名港三大橋)、そのうちで一番長い名港中央大橋。
nN7317.jpgm19N9819.jpg 名港トリトンには伊勢湾岸自動車道が走っている。
建設中の新東名高速および新名神高速道路は、伊勢湾岸自動車道を介して繋がり東京~名古屋~大阪を結ぶ日本の新しい大動脈となる。

 夕日の埠頭を廻る、海に架かるアーチはポートビルと水族館を結ぶポートブリッジ。
埠頭には南極観測船『ふじ』が係留保存されている、前の広場には『ふじ』のプロペラ(スクリュー)や錨(いかり)が展示されている。
『ふじ』が名古屋港に係留保存されたのを機会に建立された2匹の樺太犬の銅像もある。m19N9825.jpgm9N9834.jpgm9N9844.jpgm9N9832.jpg

m9N9815.jpg 南極に取り残され一年間生き抜いたソリ犬のタロとジロの銅像である・・。

ちょっとのお散歩は、いろいろ思い起こさせる散歩になりました。
『ちょっとお散歩・・名古屋港ガーデン埠頭(下)』に続きます。 
  ありがとうございます。
posted by damp at 00:39| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2008年02月06日

運転免許更新時のテキストにもAED

 「伏見ライフプラザ」で防火管理講習を終えた後日、今度は運転免許更新に平針の愛知県警察運転免許試験場へ。
m5983.jpgm5992.jpg 車は悲惨な交通事故、排気ガスによる大気汚染、振動、騒音などによる生活環境の阻害など大きな社会問題をかかえているが・・くるま社会・・車は今の生活からは切り離せない文明の利器。
 免許を取得してからもう40年以上、「ヒラバリへ行く」と言えば免許更新の合言葉、平針の運転免許試験場には幾度も通っている。

m6008.jpg 免許更新時には講習とテキストから、交通の教則、道路交通法改正などについての最新情報が得られ、運転について初心にかえる良い機会ととらえている。
 今回の全国版テキスト「人にやさしい安全運転」改訂版には、一次救命処置の手順として心肺蘇生とAED使用の手順が載っている。
 運転免許人口は多い、愛知県は約480万人(H18.12月末)全国では約7900万人近いという。もの凄く多くの方々が見られることであろう。
    
「人にやさしい安全運転」 ありがとうございます。

posted by damp at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

火の用心・・防火管理講習(2)


m5834.jpgm5832.jpg 「伏見ライフプラザ」名古屋市防火管理研修センターで「甲種防火管理新規講習」の実技講習。
 応急手当、心肺蘇生法、AED(自動体外式除細動器)の取り扱いの実技講習を受けた。
1 迅速な通報・・火災、救急は119番。
近くのAEDを持ってきてもらうよう依頼・・。


m5966.jpg2 迅速な心肺蘇生・・気道の確保、人工呼吸、心臓マッサージ。
 これらの訓練は過去に各所で何度か受けているが、昨今の情勢から初対面の傷病者にマウスツーマウス(口対口)人工呼吸ができるかどうか自信はなかったが・・。
 講習資料の中にストラップ付カプセルに入った「人工呼吸用携帯マスク」があった。
「これは救助者が傷病者に直接触れることなく口対口人工呼吸を行えるマスクで、傷病者の呼気の逆流防止機構が内蔵され、傷病者の呼気が救助者に直接吹きかかることなく安心して行える。実際に人工呼吸を行うときは必ず人工呼吸用マスクを付けること。
もしマスクが無い場合は人工呼吸はしないで心臓マッサージだけ行うように。」と指導を受ける。 


mm5964.jpg3 迅速な除細動・・AEDを用いた除細動
 従来AEDは医師及び救急救命士以外には使用することができなかったが、平成16年7月からは一般の人も使用することが認められ、各所に設置されるようになってきた。
 突然の心停止(心室細動)に対し電気ショック(除細動)を行うことにより蘇生に高い効果があるが、電気ショックが1分遅れると7~10%の割合で生存率が下がる。
 5分遅れると生存率は約50%になるという。
救急隊が到着する前に、迅速に近くにあるAEDを使用して電気ショックを行えば、助かる確率が高くなることがわかる。
 ちなみに平成17年に開催された愛知万博の広い会場内には約100台の「AED」が設置され、迅速な心肺蘇生、除細動で救命に高い効果があったという。
 心肺蘇生法、AEDの実技講習の後で熱心にAEDについて質問されている方がみえた。
「AEDが一般的になる以前に、近しい人をスポーツ中に亡くしています、AEDがあれば助けられたかと思う・・・・。」

 倒れた人の命を救うためには、救急車が来るまでに一刻も早く適切な応急手当が必要である。
もしその場に居合わせたら適切な行動をとれるように講習以来「人工呼吸用携帯マスク」は鞄に入れて常時持ち歩くようにしている。

♪ 燈火ちかく衣縫う母は 春の遊びの楽しさ語る 居並ぶ子どもは指を折りつつ 日数かぞえて喜び勇む 囲炉裏火はとろとろ 外は吹雪 ・・ 冬の夜(明治45年「尋常小学唱歌」)
   「火の用心」の自覚  ありがとうございます。

(後日、運転免許更新に行った時に頂いた全国版テキスト「人にやさしい安全運転」にもAEDが記載されていた。)
posted by damp at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

火の用心・・防火管理講習(1)


mm5831.jpg  毎年、全国では8~9分に1件の割合で火災が発生し、尊い人命や貴重な財産が失われているという。
 名古屋市内では平成18年中に978件火災が発生し、出火原因は1放火、2たばこ、3こんろ、がワースト3で全体の6割強を占めるという。
 消防法では、多数の者が出入りし、勤務し、又は居住する建物には、防火管理者を定め消防計画を作成し、火災の予防、消火・通報・避難訓練、消防用設備等の点検・整備、など防火管理業務を行うことを義務づけている。
 防火管理者には建物の用途、規模及び収容人員に応じた一定の資格が必要である。
防火管理に必要な資格取得のため、名古屋市消防局で実施している「甲種防火管理新規講習」の講習会場「伏見ライフプラザ」へ。
mm5829.jpg「伏見ライフプラザ」は名古屋市中区栄1丁目にある14階建てのビルで、中消防署、防火管理研修センター、消防局応急手当研修センターのほか、環境学習センター「エコパルなごや」、消費生活センター「暮らしの情報プラザ」、ボランティア・NPOセンター、高年大学鯱城学園が入ったネーミング通りのライフ(命、生活、人生)に係わるプラザ。
 受講者対象となる方は多い、講習は通年実施されており平成19年度の甲種防火管理新規講習は16回(各回定員322名)実施される。
 火災による損害は、建物や財産の焼失などによる直接的な損害ばかりでなく、企業においては、社会的信用を失うなどの間接的損害まで含めると、その損害は膨大なものとなる。
 そのうえ、金銭で計ることのできない人命の尊さを考えると、火災の未然防止と火災が発生した場合の被害の軽減について、防火管理には最大限の努力を払うことが重要となる。
 惨事となった火災の多くは、人々の「ちょっとした不注意や油断」によって発生しており初期消火の失敗、避難誘導の不手際、消防用設備等の不備等によりその被害を大きくしている。過去の事例からの教訓がほとんど生かされていない。

m5972.jpg 甲種防火管理新規講習は2日間、連続して2日間受講しなければならない。
 講習は法令、防火管理、火気管理、消防計画、地震対策など防火管理についての座学と、消防用設備等の取扱い、応急手当、心肺蘇生法、AED(自動体外式除細動器)、の実技講習。
 講習終了後には効果測定(講習内容についての試験)、試験は自己採点(汗)、まだボケていない(喜)、無事修了証を頂いた。


 「火の用心の自覚」を再認識させていただいた2日間の講習。
 ありがとうございます。

♪ 燈火ちかく衣縫う母は 春の遊びの楽しさ語る 居並ぶ子どもは指を折りつつ 日数かぞえて喜び勇む 囲炉裏火はとろとろ 外は吹雪 ・・ 冬の夜(明治45年「尋常小学唱歌」)
posted by damp at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

「丸八」は名古屋の・・ごきそ(御器所)緑道

 ごきそ緑道の花壇は平成15年よりスタートした ゆめ緑道ごきそ として市とボランティアの人々の応援で管理されている。

m2393.JPG 花壇ごとに様々なボランティアグループがお世話をしているという。
 ちょっと涼しくなった夕方、チュウリップなどが終わって空いた花壇では熟年グループが新しい花壇つくりにチャレンジされていた。

m2431.JPG レイアウトには工夫を凝らし「丸八」印のを取り入れたという。
 「グループでいろいろなことをやっていますが、花壇つくりは初めてです。でも熟練した先生が見えますので教わりながら・・。」と和気藹々の中で、てきぱきと始まり約1時間程で植えつけ完了。
 お疲れ様です。

m2447.JPG 「これから暑くなります、水は朝か夕方涼しいうちにたっぷりやってください・・・。花壇つくりにはこれから花が咲くまでまだまだ手間がかかります・・。」
 どんな花壇に育つのだろう。
♪七色の谷を越えて 流れて行く 風のリボン 輪になって 輪になってかけて行ったよ~花の街
ここを通る楽しみがまた一つ増えました。
 ありがとうございます。

mb001.jpg
 「丸八」印は名古屋市の徽章。
 明治40年に市を表象する徽章として定められたという。
 「丸八」は、尾張徳川家で合印(略章)として使用されていた「丸に八の字」印といわれている。
 「丸八」印は図案化され市バス、地下鉄、マンホールの蓋などにも使われ親しまれている。

 マンホールの蓋の「丸八」マ-ク。

 手際よく進められる花壇つくり、見ていても楽しく終始見させていただいた。

続きを読む 花壇つくり。
posted by damp at 18:57| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

においやさしい白百合が・・ごきそ(御器所)緑道 

 4月にはチュウリップなどの花が綺麗だった ゆめ緑道ごきそ 6月は百合が咲き始めている。

m2470.JPGm2454.JPG

百合は名古屋市の花。
 昭和25年に「緑の週間」にちなんで市の花を新聞社と共催で一般公募したもの。
応募された花は、百合、薔薇、桜、菊、カーネーション・・等 100種類以上にのぼったがその中から応募数一位の百合を市の花に選定したという。

m2445.JPG ♪においやさしい 白百合の 濡れているよな あのひとみ 想い出すのは ~ 北上夜曲 
 車の行き交う街中で凛と咲く百合も素敵である。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
 街中で出会った小さな幸せ。ありがとうございます。

posted by damp at 11:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

水が恋しい季節・・皐月の白鳥公園

白鳥公園 掘川端の桜もすっかり新緑の葉桜に。
水と緑とお花の気持ちの良い散歩道。堀川にはサギ・・アオサギでしょうか?。
m2060.JPGm2019.JPG


m2073.JPGこのところ日中は暑くなってきている手元の温度計では29度。

熱田記念橋の袂の池では鳩が
・・ジャボ ジャボ・・


m2098.JPGすずめ達もたまらず
・・チャポチャポ・・
潜ったり、肩?までどっぷりと浸かったり・・。
へぇ~すずめって水も好きだったんだ。

小さな出会い、ありがとうございます。

posted by damp at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

堀川が赤く染まった・・熱田空襲 2

昭和20年6月9日も晴れて上天気だったという。
堀川沿いの愛知時計電機(愛知航空機)の工場をアメリカ軍が空襲。約10分間続いた空襲で多数の犠牲者を出し工場は破壊され焼失した。
堀川が赤く染まった・・熱田空襲
ある晴れた日、地元の方からお聞きしていた工場の正面側 を訪ねた。

工場正門左脇に真新しい花が手向けられた慰霊地蔵尊。台座には「・・約十分間ノ空襲ニヨリ忽チニシテ工場一帯ハ当社関係死者千百四十五名重軽傷者三千名更ニ地方人百名ノ大修羅場ト化セリ・・」とある。・・平和への祈りも込めてしばし黙祷。
m2053.JPGm2048.JPG
工場の北(白鳥橋側の交差点)には、周辺で犠牲になられた方々の慰霊地蔵尊。真新しい花が手向けられ、お背中には「・・白鳥橋周辺に於いて米軍の爆撃により、無量数百名の一般人命を失い・・」とある。・・真に切ない・・黙祷。


m2027.JPG気を取り直して堀川護岸へ。
楽器を出していると通りかかった地元の方から声をかけていただいた。
「当時 私は女学校の3年生で、工場の近くに住んでました。幸い両親も無事でありがたいです。でも周りは悲惨で、白鳥橋の下に避難した人達も橋に爆弾が落ちて大勢亡くなりました。堀川には亡くなった人たちがいっぱい浮かび赤く染まっていました・・戦争は悲惨ですもう起こしてほしくないですね。
この前を通って地蔵さんをお参りしてから家に帰るのがいつものコースです・・。」

今日も生き、生かされていることの幸せを感じた日。
ありがとうございます。

静かな川面をみながらサックス(Cメロ)を吹く・・。
♪この道はいつか来た道~ あの雲はいつか見た雲~ 
  ♪海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 ~
「海ゆかば」は昭和12年に作られ、出征兵士を送る歌として愛好されたという。
歌詞は大伴家持(万葉集)によるという。
戦争を知らない私、この曲の所期の目的は知る由もないが、戦後にみた記録映画などで、玉砕や神風特別攻撃隊の壮絶な戦闘シーンのバックに流れる荘重な曲として耳に残った。
神風特攻隊の体当たり、途中で無念の撃墜、悔し涙しながら見ていた。そのバックにむしろ淡々と流れていたメロディ・・見終わったあとに残る虚無感、無情 非情・・散る桜 残る桜も 散る桜・・。
そんな中で私には「海ゆかば」のメロディが戦争全体への真摯な鎮魂歌として摺りこまれていた。
posted by damp at 23:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする
人気記事